魔王様、溺愛しすぎです!
970. 朝から書類処理で忙しい
過去の経験から学んだ教訓は、約束はきちんと守らないと叱られる……だった。ほとんど子供の躾レベルである。子供の頃から反復した学習のおかげで、なんとか書類への署名を終えた。あとは押印して終わりだ。その中によく読んだ方がよい書類が紛れていたが、ルシファーは気づかずに処理した。
「よし!」
すべて処理を終えたのを待っていたように、ノックの音が響く。慌てて書類を重ねてから入室許可を出した。
「おはようございます、陛下。ゆっくりお休みになれましたか?」
ベリアルがにこやかな笑みで入ってきて、カーテンを開ける。むずがるリリスがシーツへ潜るのを、笑いながら阻んだ。
「こら、リリス。朝だぞ」
「ん、おはよ……」
まだ眠いと示すリリスのとろんとした蜂蜜色の瞳に、笑みで緩んだ唇を寄せた。目を閉じたのを確かめて、キスをひとつ。
「今日は向こうの大陸だから、厚着しようか」
多少季節の差はあるが、ベールの領地の向こうはもう雪が降ってもおかしくない。比較的暖かなこちら側と違い、冬は雪や氷に閉ざされる大地もあった。それはそれで、寒さに強い毛むくじゃらの一族が住んでいる。上手に住み分けた領地だが、早めに顔を出さないと寒くて大変だ。
後回しにして、リリスや大公女に風邪を引かせたら気の毒だから、予定を一部変更して先に回ることにしたのだ。人族や竜の襲撃騒動がなければ、もうほとんどの領地を回り終えるはずだった。全体に予定が後ろにずれ込んでいる。
しかし寿命が長いせいか、気の長い種族が多い魔族はあまり気にしていなかった。先に寒い地域を回ると言われれば、それもそうだと納得してしまう。良くも悪くもお人好しが多かった。
「ふわふわのコート?」
「そうだよ。兎のマフラーもしようか」
角兎を仕留めた時の毛皮は、滑してマフラーになった。リリス愛用のポーチも、角兎の毛皮を使っている。手触りがよく、毛が抜けにくい。肉が柔らかく食糧用として狩りの対象となる魔物だった。肉を食べた後の毛皮は、魔族の防寒着によく使用される。
「今いくわ」
飛び起きたリリスの肩に薄手のガウンをかけた。結界があるから平気だろうが、気持ちの問題だ。寒そうな格好で歩くリリスの姿は、ルシファーが気になってしまうのだ。
「おはよう、アデーレ」
顔を洗ったリリスは、ブラシや服を用意して待つアデーレに近づいた。並べられた服は3種類、どれも冬服だ。コートは青い艶のある黒のため、中の服は派手な色が望ましい。
白い毛皮も用意できるのだが、雪や氷が一面に覆う大地は白い。そのため、見失う可能性を考えて白い毛皮はやめた。白いコートは、舞う程度しか雪の降らない地域で好まれる。リリス用に両方用意したルシファーだが、今日は黒コートを差し出した。
アデーレも心得ており、オレンジ、緑と黒に対して相性の良い色を選ぶ。さらにリリスが好きなピンクも用意していた。
「今日はどれだ?」
「オレンジ!」
珍しい選択だが、黒髪のリリスによく似合う。さっと着替え、髪を結い始めた。結界が守るので、耳を出していても問題ない。ピアスなども凍傷の心配は不要だった。いくつか飾りが揺れるピンを刺したリリスは、服とお揃いの帽子を被る。
「準備できたわ」
「偉いぞ……朝食を食べる間だけ帽子を取ろうか」
素直に帽子をソファにおいたリリスを膝の上に座らせ、自らの準備を終えたルシファーが果物を手に取る。
「おはようございます。ルシファー様、リリス姫」
「ああ、おはよう。書類なら全部終わったぞ」
「ありがとうございます。予定がありますので、お見送りには戻りますね」
普段と違い、書類を手にするとすぐに退室したアスタロトに、少しだけ違和感を覚える。だが、雛のように口を開けて待つリリスへ果物を運ぶのが忙しく、そのまま忘れてしまった。
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