魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

947. どっちでもいいや

「あたくしの美しい巻き毛が?!」


 一番最初に気にする部分じゃないと思うの。そう呟いたリリスの黒髪を撫でながら、ルシファーも同意した。この場ではまず謝るべきだろう。突然攻撃された大公女達が、トラウマになったらどうする。前もこんなことなかったか?


 記憶を辿るより先に、ベルゼビュートがパチンと指を鳴らして着替える。破れて汚れたドレスを替えると、すっとその場で膝をついた。片膝を立てた姿勢で頭を下げる。先ほど嘆いた巻き毛の先が地についても彼女は顔をあげなかった。


「此度の失態、お詫びのしようもございません。罰は如何様にも……」


 ふざけていた雰囲気が消えると、大公として8万年の長きを務めた彼女の別の一面が覗く。普段から道化を装うが、その本質は真っ直ぐだ。自分を律して責める傾向が強いのは、大公の共通項だった。


「操られるのは隙があったが故。まずは襲撃した彼女らに詫びよ。そなたの仕置きは後回しだ」


 魔王としての回答に、ベルゼビュートがようやく頭をあげた。背中から出てきたリリスの肩を抱く主君の後ろで、少女達が困惑した顔を見合わせる。ここで自分たちの話が出ると思わなかったのだろう。


 距離を詰めるか迷い、傷ついた動物に接する方法を選んだ。手が届かないギリギリの距離で、目線を相手と同じか低くする。ベルゼビュートはきっちり彼女達に謝罪した。意識を操られていたが、記憶が消えたわけじゃない。剣を振り下ろして結界に弾かれた感触も、すべて覚えていた。


 許すと口にした少女達に改めて詫びを繰り返した。ベルゼビュートの前に、戦いが始まってすぐに落とした球体が突きつけられる。


「ねえ、これって何かの目玉みたい」


 意見を求めるというより、独り言に近い。首をかしげて覗き込むルキフェルの目元を、慌てたベルゼビュートが覆った。


「ちょっと! さっき、あたくしが失敗した方法をそのまま試すなんて、何考えてるのよ。あんたと戦うのはごめんだわ」


「へえ。僕が逆の立場なら、操られたところを叩きのめしたいけど」


 物騒な言葉を吐きながら、ルキフェルは種明かしをした。目元を覆うベルゼビュートの白い手を外し、球体を指背でノックするように叩く。


「これの周りに遮断結界をはった。これを破るくらいの強さがあれば、ルシファー以外負けちゃうかもね」


 自信作なんだと自慢げに胸を張るルキフェルの後ろから、リリスが覗き込む。ルシファーの手を引っ張る彼女は、眉根を寄せて顔をしかめた。


「変な感じがするわ。きっとこの世界の物じゃない」


 魔の森の娘であるリリスの言葉は、真実味があった。そもそも8万年近い治世で、魔族の頂点に立つルシファーや側近のベルゼビュートが知らない物体など、この森に存在しない。隅々まで知り尽くした森が「違う」と断じたなら、これは異世界からの落下物だろう。


 目玉だけ落ちた理由は不明だが、本体もどこかに落ちたかも知れない。警戒するようベールに連絡しておこう。じっくり観察したルシファーは、目玉の赤い虹彩を眺めた。虹彩と呼ぶには形が不安定だ。ゆらゆらと動くから、それが暗示をかけようとする所作か。


「暗示をかける気なの? 随分と図々しい目玉ね」


「……目玉なのかな。これが本体で、目玉に見えるのは僕たちだけかも」


 目玉という似た物体に絡めるから本質を見誤る。そう呟いたルキフェルの中で、仮定が広がっては消されていく。凄まじい速度で幾つかの選択肢を削った青年は、水色の髪を揺らして笑った。


「どっちでもいいや」


 これが本体でも、目玉でも関係ない。言い切ったルキフェルの右手首から先が竜化し、鋭い爪が一閃された。

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