魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

929. 守る覚悟と試練

 震えながら戻ったアベルは、ルシファーの前で剣を落とした。手から滑り落ちた剣が抗議するように甲高い金属音を立てる。追いかける形で膝をついたアベルに、ルーサルカが駆け寄った。


「アベル」


「ルーサルカ、触れるな」


 ルシファーの鋭い声に、ルーサルカは伸ばした手を震わせた。困惑した表情でルシファーを見るが、彼はアベルから視線を離さない。何が起きたのか、すぐ人族を殺さなかったから咎められるの? 泣きそうなルーサルカにリリスが首を横に振った。


「大丈夫だから、少し離れて」


 言われるまま数歩下がる。それでもルーサルカはアベルの背中を見つめていた。視線を離したら、消えてしまいそうな気がする。


「立て、アベル。魔王の護衛が膝をつくなど許さぬ」


 鋭い言葉にのろのろと顔を上げ、アベルは立ち上がった。返り血に濡れた赤い指が震えているのを、ルシファーは無造作に掴む。じわりと伝わる熱に、アベルの震えが徐々に収まった。


「……希望するなら護衛は首にするぞ」


 魔王の護衛に就く以上、人族との戦いは避けられない。勇者がいてもいなくても、彼らは関係なく魔族や魔王を敵対者と見做して襲い掛かるだろう。その時、護衛が躊躇うことは許されなかった。襲われたのが抗う力を持たない魔族だった時、相手が人族だからと剣を落とすわけにいかないのだ。


 もしルーサルカが襲われて、人族に傷つけられたら? アンナやイザヤに剣を向けたら……やはり反撃すると思う。そこに前世界の観念を持ち込んだら動けなくなる。


 答えを出す時間を与えて、ルシファーは視線を上げた。ルキフェルは魔法陣で翻弄する戦いに飽きて、竜化した手で獲物を引き裂く。残酷な笑みを浮かべたベルゼビュートの足元に、手足を切り落とされた人族が散らかっていた。どちらも容赦や情けは感じられない。


 敵であるなら一切手加減しない。手を伸ばして協力を求めるなら握り返す。当たり前の切り替えを、人族は苦手とした。手を伸ばして握り返されたくせに、裏切って殺すのは人族くらいだ。アベルはひとつ大きく息を吸い込み、己の頬をぱちんと両手で叩いた。


 気合を入れ直した彼は、先ほど手を離した柄をしっかりと握って立ち上がる。


「すみません。取り乱しました」


 護衛としてやっていく覚悟を決めたのか。人族の行いに傷つき嫌悪し、憎んでも……殺すことは別だったのだ。アベル達日本人にとって、殺人は禁忌だった。その考えを知らずとも彼の葛藤に決断を迫ったルシファーは、穏やかに頷く。


「殺すのが嫌なら強くなれ」


 矛盾したようだが、ひとつの真理だった。圧倒的な強さを手に入れれば、殺さずに退けることが出来る。逃がしたことにより何度も襲われようと、強ければ問題にならない。魔族にとって強さは何より優先された。強ければ、アベルが不殺を貫いても誰も咎めない。


「もう、心配させないでよ」


 むっとした口調でルーサルカが言い放つ。心配の裏返しだと察して、アベルは素直に謝った。


「ルシファーったら優しいんだから」


 見透かしたリリスの呟きと同時に、彼女はぎゅっとルシファーに抱き着いた。足元でまだ子犬サイズのヤンが尻尾を振る。


「ねえ、ルシファー。ベルゼが僕の獲物を横取りした」


「何よ、その前にあたくしが手をつけた獲物を裂いたのはルキフェルじゃない」


 まるっきり子供のケンカを繰り返す大公2人に、ルシファーは呆れ顔で窘める。


「半分にしろと言っただろう」


「「だって奇数だったんだもん(の)」」


 上手に半分に出来なかった理由をハモった大公の言葉に、緊迫した面持ちで見守っていた大公女達はくすくす笑い出す。場の緊張は一気に解れたが……呻く残骸が散らばる惨状はそのままだった。そして返り血に濡れた護衛や手を赤く汚した魔王の姿に、リリスが右手で空を指さす。


「綺麗にしてあげるわ」


 勢いをつけて振り下ろしたリリスの手を止める間もなく、バケツをひっくり返す勢いで水が落下する。雨と呼ぶには乱暴な水流でびしょ濡れになった一行は、思い思いに顔を見合わせた。

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