魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

920. 護衛のトラウマと嫉妬

 護衛であるイポスは、ヤンと交代で休憩を取ることになっている。与えられた隣室は続き部屋で、何かあれば飛び込めるよう扉に鍵はなかった。宿の高い天井や広さに喜んだヤンは、大型のまま滞在を決める。巨大な狼がくるりと丸くなって部屋の一部を占拠した。


「我と同室とは、婚約者殿に殺されそうだ」


 アスタロトの息子である赤紫の瞳を持つ青年ストラスの話題を出し、ヤンは陣取った部屋の隅でぼやく。もちろん彼は思慮深いので事情も聴かずに襲い掛かることはないが、緊張を解そうというのか。軽口を叩いたフェンリルにイポスは肩を竦めた。


「あなたから見れば、私などまだ子犬同然でしょうに」


「子犬の牙の実力ではあるまい」


 護衛という仕事に誇りを持つイポスの謙遜を、ヤンはからりと笑い飛ばす。フェンリルとして数千年を生きたヤンは、番を失った後に後妻を娶らなかった。一途な雄を相手に、襲われる心配などしないとイポスはベッドに腰掛ける。


「先ほど、陛下と物騒な話をしておったが」


「ええ。リリス姫を襲ったら遠慮なく刺せとご命令を頂きました」


 命じておかなくては躊躇するだろう。そこにルシファーなりの覚悟を見て取ることもできるが、命じた事実がなければ暴走する側近達への対応も考えた上での発言だった。止めたイポスが罰せられることのないように、抜刀を事前に許可したのだ。


「我が君がわざわざ注意されたということは……」


「危険ですね」


 自分でも何を仕出かすか分からないと思うのかも知れない。確かに赤子相手に発情する魔王ではないが、失いかけた後からは多少……タガが緩んでしまった気もする。リリスがラインの矢で死にかける前、成長した彼女の前でも穏やかに養い親の表情を崩さなかった。


 蘇った後赤子に戻ったリリスが徐々に成長し、突然元に戻った頃から理性の揺らぎを思わせる言動が増えた。腰に回した手がさりげなく撫でていたり、膝に乗せた後で複雑そうな表情を見せたこともある。自身の理性や言動を、ルシファーは信用していなかった。


「明日の大公はどなただったか」


「ルキフェル様ですね」


 うーんと唸る。人選が悪い気がした。ルキフェルはリリスを妹のように可愛がり、幼児期に一緒にいたルキフェルにリリスも懐いている。つまりスキンシップが他の大公より激しいのだ。ベルゼビュートは同性のため抱き着いても許されるが、それが異性で青年姿のルキフェルだったら?


 想像するも恐ろしい予測に、ヤンが身を震わせた。毛皮を纏っているのに、突然冬の屋外に放りだされたような錯覚に襲われる。


「……変えられぬか尋ねてみては」


「誰が進言するのです?」


 私は嫌です。イポスの拒絶に、ヤンも顔を引きつらせ「我も毛皮が大事だ」とぼやいた。研究職に進んだルキフェルは、一見するとインドア派の大人しい大公だと思われがちだ。しかし彼が幼児だった頃のやんちゃを知るヤンは、大切な毛皮を「ちょうだい」と毟られかけた記憶がトラウマになっていた。


 リリスにも似たようなことを言われたが、あの時はルシファーが止めてくれた。しかしルキフェルの時は、ベールに「そうですか、頼んでみましょう」と積極的に協力されかけ、びくびくしながら森の中を全力で逃げた記憶がある。幸いにして思いとどまってもらえたが。


「お前達……物騒な会話してるな」


 ひょいっと隣室に繋がる扉が開けられ、顔を見せたルシファーが呆れ声を出す。よく見ると、開いた扉の隙間から顔を見せたルシファーの、純白の髪を掴んだリリスが下から覗いていた。


「一緒にご飯食べましょう」


 リリスの誘いに、顔を見合わせた1人と1匹は「喜んで」と笑って隣室へ足を踏み入れた。

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