魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

899. 許される範囲を超えた

 ぶわっと若者の魔力が高まり、再度のブレスを試みる。相殺せず見守るルシファーの腕にしがみついたリリスは、ぎゅっと目を閉じた。威圧を受けたままブレスを放つ気持ちの強さは、さすがドラゴニアの分家だ。褒められる場面ではないが、胆力も実力も兼ね備えていた。


「無駄だ」


 右手を前に翳してブレスを受け止める。強い炎の属性を帯びた炎は黄色に近い。白や青ほどでなくとも、高温に分類される炎は肉を焼き骨を溶かすに十分だった。散る火花にリリスが目を見開く。黄色い炎を青い炎が飲み込んだ。放ったルシファーは表情を凍らせたまま、若者より上位の炎を操る。


 炎で影を揺らめかせる整った横顔を見ながら、リリスは泣きそうな顔で唇を噛んだ。青い炎に飲み込まれたブレスが消失すると、ほっとした住民の顔がほころぶ。圧倒的な強さを見せる魔王への賞賛の声が上がり始めた。


「くそっ……」


 呻く若者をさらに魔力で押さえつける。ブレスが吐けぬよう、風で拘束していく。


「ルシファー」


 心配そうなリリスを安心させるため、ようやくルシファーは笑顔を浮かべた。殺意を向けられるのは慣れている。それが魔族であれ、人族であれ、大した違いはない。子供の頃はどろりと黒く重い感情に嫌悪感を抱いたが、いつしか何も感じなくなった。


 ドラゴニア家が治める地域の竜種、朱色の鱗を持つ若者には心当たりがあった。公爵家の嫡男であったラインの従兄弟が、炎を自在に操る朱色の鱗を持つと聞いている。いずれは魔王軍の一翼をになえるだろう。そう笑ったエドモンドの表情をまた曇らせてしまうか。


 リリスに懸想したラインの処断に関し、後悔はない。あの少年の罪はリリスに惚れたことではなく、彼女を傷つけた事実だ。オレを狙う行為は魔王位の簒奪が目的ならば、卑怯な手段であれ認められた。しかし後ろから射た矢がリリスを貫いた。


 魔王以外を攻撃して被害者を出したのならば、それは魔王位挑戦の範囲を逸脱する。婚約者リリスを傷つけた事実は、王位挑戦権に記された他者を巻き込まない条項に違反していた。ラインの行動は、結果的に違法行為だ。それゆえにドラゴニア家は公爵位を侯爵に引き下げられても、一切反論しなかった。


 弱肉強食を旨とする魔族であっても、王位を得るために大量虐殺を招く方法は認めない。当初は暴走する大公達が互いを牽制するために作られた約束だった。そのため法律の中でも古い部類に入る。


 まだ若い朱色のドラゴンは従兄弟を殺された恨みだけで動いた。己の短慮がもたらすその後の騒動を知っていても、彼は同じように動いただろうか。いや、責任ある立場にいる者が知らぬこと自体……許されないのだ。


「アスタロト」


 残酷な側近の名を呼ぶ。纏った魔力が召喚の響きを宿し、後ろの少女達がごくりと喉を鳴らした。顕現した吸血鬼王は、淡い金髪を揺らして優雅な所作で膝をつく。この場の状況を知っていたかのように、彼は敵に背を向けて跪いた。


「お呼びですか、魔王陛下」


「街中でブレスを放つ愚か者だ。片付けろ」


 若者の暴走はある程度見逃すべきだ。そう主張せず、淡々と処分を命じた。ドラゴンは気性が激しい分、幼少時からきっちり教育されたはず。大きな力を持つ者の義務と行動制限について、彼は知らないと口にできない立場だった。


 魔王を襲撃するなら、他者を巻き込まないよう配慮しなければならない。まだ若い魔王妃リリスが隣に、後ろは大公女や翡翠竜、アベルを含めた住民が目に入る状況でブレスを放つ行為は、ルシファーの許す範囲を超えていた。

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