魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

872. 甘い雰囲気は吹き飛んだ

 露天風呂もこの時間なら誰もいない。今回は女性の方が多いため、露天風呂を譲ろうと思ったが……ルーサルカのお陰で、リリスと一緒に入れた。あとで何か礼の品を贈ろうか。膝の上に座ったリリスを背中から抱きしめつつ、ルシファーは幸せをかみしめる。


 20人以上入れる露天風呂は、木製の藤棚に似た屋根が掛けられていた。30cm位の感覚で格子が組まれているが、空が良く見えるよう中央は大きく開けている。雨や雪をしのぐ屋根板はないが、魔王なら結界があるから問題なしと判断され、その後エルフが飾り用に蔦を絡めた。


 季節が合えば、カラフルな赤や黄色の花が咲くらしい。今はまだ蕾だが、少し魔力を多めに流せばいくつかの花が綻んだ。


「綺麗ね」


 空は夕暮れ、まだ星は数えるほどしか確認できない。オレンジ色に染まる空に、緑の葉が揺れる屋根、心地よい風と温泉の水面に浮かぶオレンジの花弁達――それはどこか幻想的な風景だった。現実感が薄い美しい光景に、リリスがほぅと息を吐き出す。


「本当だ。可愛いリリスがいるから最高の景色だ」


 甘く口説きながら、そっと黒髪にキスを落とす。金に変わってしまった瞳が瞬き、振り返って後ろのルシファーを覗き込んだ。目の前にある赤く色づいた唇に顔を寄せ、そっと重ねようとしたその時。後ろでふわりと魔法の余韻が漂う。


「あ、ピヨだわ」


「リリス様だぁ!! 一緒に入る!」


 空気を読まない天然のピヨが、ドボンと温泉に飛び込んだ。顔を引きつらせて振り返るルシファーの視界に、毛だらけの動物天国が広がる。鳳凰アラエルは申し訳なさそうに肩を落とし、ヤンは両手で顔を覆って背を向け「見ていませんぞ」と言い訳を繰り返した。


 けろりとしているのはピヨで、彼女は水しぶきを上げながら勢いよく泳ぐ。水鳥でもあるまいし、ヒレでもつけたのだろうか。かなりの勢いでお湯を飛ばしながら、リリスの前で止まった。


「……魔王様の機嫌が悪い?」


 首をかしげるピヨだが疑問は一瞬で溶け、また大喜びで泳ぎ始めた。美しい風景の中で唇を重ねるという魔王の野望は、一瞬でついえたのだ。いや……つぶした奴がいる。舌打ちしそうになりながら、ひとまずリリスにタオルを巻く。


 温泉の中にタオルを浸すのはマナー違反だが、この際仕方ないだろう。魔王妃の裸体を、魔王以外が見るのは法律違反だ。本日この時点をもって、新しい法律を施行してやると唸りながらルシファーはリリスを包んだ。


「ヤン、アラエルもよいぞ」


 声をかけてやると、恐る恐る近づいたヤンがゆっくりとお湯に入った。目の前を勢いよく横切るピヨを前足で叩いて沈め、温泉をたっぷり飲んだ雛を咥えて回収する。躾としてしっかり罰を与えたフェンリルに、アラエルは抗議しなかった。


 さすがに今の邪魔は殺されかねないと肝を冷やしたのだ。無事でよかったと思う反面、今後のことを考えるとヤンの躾を見守ることに決めたらしい。人族が赤子に同様のことをしたら虐待だが、魔族の中でも幻獣や神獣に分類される彼らは丈夫だった。


 繁殖力さえ高ければ、もっと数が増えてもおかしくない。子供の頃の死亡率は高いが、成人すればほぼ無敵の種族が多かった。ピヨも鳳凰の亜種であり、特殊能力がある。神獣フェンリルの躾は、悪さをした子の手を軽く叩く程度の行為だった。


「ピヨが申し訳ございません」


「元気でいいじゃない、ヤンもあまり叱ってはダメよ」


 リリスは無邪気に笑って受け流すが、ルシファーは甘い雰囲気を台無しにされた感情がまだ燻っていた。しかし、けふっと変な咳をしたピヨの姿に苦笑いし、暗い感情を吹き飛ばす。


「置いてきて悪かった。ここまで走ってきたのか?」


 素朴な疑問を口にすれば、もじもじと居心地悪そうなアラエルとヤンが目を合わせて俯いた。誰かに口止めされたのか。嫌な予感がしたルシファーへ、リリスが横から指摘した。


「さっき転送されたでしょ?」


 接吻けようとした瞬間の、あの魔力か。攻撃の意思が感じられなかったので、放置したが……。常時展開の結界に守られるルシファーは、危機感が薄かったことを悔やんだ。


「アスタロト閣下が、その……送ってくださいました」


 ヤンがぼそぼそと言い訳がましく告げる。ちらりとルシファーの銀の瞳を向けられたアラエルが、あたふたと続けた。


「母上殿が転送されそうになると、背に乗ったピヨも同様に転送対象になり、反射的に彼女に抱き着いた私も……転送されました」


 申し訳なさそうなアラエルの説明で事情が分かった。触れている者も転移する魔法陣を描いたとしたら、それは故意だろう。対象物以外も転移したなら……アスタロトの仕業だ。


「あいつ、機嫌が良かったのに何だってんだ?」


 ルーサルカが甘えたので機嫌が良かったはずの側近を思い浮かべ、ルシファーは眉を寄せた。

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