魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

868. 他人のフリみて我がフリ直せ

 書類整理が一段落し、アスタロトは中庭へ降りた。転送対象の婚約者が集まる場に、アベルの姿を見つけて顔を顰める。しかしすぐに表情を取り繕った。


 これから 温泉街へ彼らを転送させるのだ。本来はベールが引率する予定なのだが、魔王軍の見回りに人族が引っかかったと呼び出されていった。今頃はルキフェルと楽しく血の惨劇に興じているだろう。たまには譲ることにしたアスタロトは、大急ぎで書類を片付けて駆け付けた。


 ルーシアの婚約者で風の精霊族であるジンは自分で駆け付けられる距離にいたため、今回の転送から除外された。レライエはアムドゥスキアスを有袋類のように自ら持ち歩いているし、シトリーと恋仲で婚約間近のグシオンは温泉街を治める子爵家の息子だ。すでに実家に帰って準備に勤しんでいるだろう。


 この場で待つのは末息子であるストラス、義娘の婚約者役を任されたアベルの2人だ。ストラスは吸血種だが魔力量があまり多くなく、物静かな子供だった。成長してルキフェルの研究所に入った我が子は、魔王妃リリスの計らいで見合いをして、幼馴染のサタナキア公爵令嬢イポスと婚約している。


 魔族にとっての婚約は「将来一緒に暮らせるといいね」という軽い感覚の者が多い。解消も双方が納得の上なら揉めることも少なかった。だから婚約者のフリをさせるのは問題ないが……この男の軽薄さが目に付いて、アスタロトは信用できない。


 最初に勇者として魔王城に来た時も泣きついて、ルシファーに助けてもらった。異世界から呼びつけられ苦労したのは事実で、偏見や差別に大変な思いもしただろう。しかし簡単に偽勇者を突き放し、その後も温厚なルシファーを激怒させたりと騒動が多すぎる。


 根は悪くないようだが、出来たばかりの可愛い娘を任せられる男かと問われたら、全力で否定する人物だった。ここ数ヶ月で親バカぶりに拍車のかかったアスタロトの赤い瞳は、我欲で曇りに曇っていた。アデーレが口にするように、ルーサルカは結婚せずに手元に残ってくれたらいい。


 大公女という一生物の仕事と肩書を手に入れたのだ。結婚などして苦労したり、嫌な思いをさせたくなかった。好きな人が出来たなら、節度ある付き合いをして実家に住めばいい。幸いにして領地の城の部屋はいくらでも空いているし、彼女をずっと守ってやれる。


 冷たく整った無表情の下で、アスタロトは珍しく暴走していた。同じことをルシファーがリリスに対して行うと言ったら、彼は「縛り付ける気ですか? ペットではないのですよ」と呆れるだろう。しかし自らの暴走は内側でひっそりと行われたため、誰も注意できなかった。


「アベルを処分しましょう」


「いやいや、おかしいです」


 思わず声に出た本音は、挨拶より先にアベルに届いた。慌てて魔王ルシファーにもらった剣を大切そうに抱いて反論する姿に、己の失態に気づく。これでは暗殺してもバレてしまいますね。


「父上、ルカが可愛いのはわかりますが……殺気を抑えていただけますか」


 ルキフェルのところへ遊びに来るリリスの付き添いで、よく義妹のルーサルカとお茶を楽しんだストラスの発言に、アスタロトは深呼吸した。見た目だけなら、ストラスとよく似た兄弟である。実際の年齢差が8万年近いとは思えない若い外見で、年長者の貫禄と強者の畏怖を纏ったアスタロトはきっちり言い聞かせた。


「アベル。これだけは守っていただきます。ルカを泣かせないこと、彼女に触れないこと、間違っても襲わないこと。……もし毛筋ほどでも傷つけたら、わかっていますね?」


 ごくりと喉を鳴らしたアベルが、慌てて頷く。ここでうっかり茶化したり反論したら命が危ない、本能は必死の警告を鳴らした。どっと汗が噴き出してくる。


「切り落としますよ」


 首を? それとも別の大切な部分を? どちらも嫌なので、必死で「泣かせない、手を出さない、襲わない」と繰り返した。ひきつった顔の勇者にようやく納得したアスタロトは、無造作に転移魔法陣を展開する。発動した光の中で、なぜかアベルの恐怖の悲鳴が響き渡った。

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