魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

857. 僕を見捨てるの?

 予想通り、派手な水音を立てて庭が水浸しになった。ぱちんと弾けるように割れた膜の内側から、小さな何かが転がり出る。


 反射的に両腕を竜化して受け止めたルキフェルが、困惑顔で振り返った。


「どうしよう、ルシファー」


 近くにいるベールではなく、テラスの上にいるルシファーへ助けを求める。その異常さに眉をひそめ、ルシファーは後ろを振り返った。リリスの上に厳重に結界を3枚ほど追加して、絶対に動かないよう頼む。素直に頷いたリリスをヤンに託し、ルシファーはようやく飛び降りた。


 窓からの出入り禁止だが、さすがにベールやアスタロトも文句は言わない。


「ルシファーに似てる」


「困りましたね」


「確かに似ています」


 ルキフェルの困惑の呟きに、アスタロトとベールが追従する。そこへ現れたベルゼビュートが駆け寄って、ルキフェルの腕から奪った。


「あらやだ、可愛い! 出会った頃の陛下に似てるわ」


 大公全員から似ていると太鼓判を押された赤子を、ルシファーが覗き込んだ。言われてみれば似てる気もするが、昔の自分の姿をまじまじと見たことがないので判断できない。


「そんなに似てるか?」


「「ええ」」


「うん」


 即答で肯定されてしまい、溜め息をついて顔を近づけた。羊水で濡れた赤子は1歳前後に見える。意外と大きいのだ。赤子と表現するのは相応しくないかもしれない。


 髪色は黒に近い濃灰色、瞳はまだ開かないので判断できない。しかし肌の色は白かった。それなりに魔力量があるのは間違いない。空を落ちてきた卵の中身が無事だったのも、魔力量が高く結界などを自分で張った可能性があった。


 生存本能が発達しており、生きることに貪欲な魔族なら珍しくない。魔王城の上に落ちた理由は不明だが、ひとまず保護するのが人道面から正しい対応だろう。


「仕方ない、この子は」


「拾えません」


「やめてください。これ以上仕事を増やす気ですか」


「あたくしは無理よ」


 ベール、アスタロトの拒絶に困惑したルシファーの視線を受けたベルゼビュートが慌てて首を横にふった。彼女に任せようなんて、無謀なことは考えない。説得の手伝いを頼みたかっただけだが……。頼ろうと思ったオレが悪かった。そう諦め、ルシファーは自ら反論を試みる。


「この子に罪はない」


「いえ。魔王城襲撃犯ですから、十分重罪に問えます」


「……そうじゃなくて」


 生まれた命に罪はないという壮大な話が、腰を折られて犯罪者にされてしまった。溜め息をついたルシファーより早く、ルキフェルが手を挙げる。


「いいよ。僕が育てるから」


「ルキフェル! 子育ては魔物の飼育とは違います」


「……じゃあ、これが僕だったら? ベールは僕を見捨てるの?」


 一番の急所を突かれ、ベールが撃沈した。すごいと思うが、ルシファーには使えない手法だ。泣きそうな顔で「僕を見捨てるの?」と尋ねたら、アスタロトにサクッと刺される未来しか見えない。


 自分は直撃していないのにダメージを受ける魔王をよそに、ルキフェルは泣き落としで赤子を育てる権利を得た。


「ルシファー、受け止めて!」


「やめてください! 姫っ!!」


 リリスの無邪気なお願いと、ヤンの必死の懇願が聞こえて振り返る。手摺りに座った少女が手を振り、いきなり飛び降りた。転移で真下に移動して受け止めたが、無事だとわかっていても心臓が縮み上がる思いである。


 アデーレも大公女達も不在では、魔王妃のお転婆を止められなかったらしい。咄嗟に背の翼も広げたルシファーの背に腕を回し、リリスはご機嫌だった。


「危ないぞ、リリス」


「平気よ。ルシファーが私を守れないわけないもの」


 信頼を示され、溜め息をつきながら許したルシファーの後ろから、黒い影がかかった。


「魔王妃殿下、とても重要なお話があります」


「でも、あの子を見たいわ」


「後になさってください。よろしいですね、魔王妃殿下」


 リリスの肩書きを強調するアスタロトの黒い微笑みに、リリスはしょぼんと項垂れる。


「わかったわ」


 そこからのアスタロトの説教は強烈だった。騒ぎに駆けつける侍従や侍女が集まるまで、リリスは懇々と説教され、なぜか一緒にルシファーも叱られた。

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