魔王様、溺愛しすぎです!
832. 好きに狩りなさい
「どうぞ」(ご自由に)
後半を声に出さず、アスタロトは道を譲った。まだ手を伸ばそうとする蔦がうようよしているが、器用に飛び越えながら駆けていく。折角出向いたのですから、趣向を凝らした演目を見せていただきたいものです。そう独り言ちるアスタロトの元へ、魔狼が数匹駆け付けた。
「獲物を用意しましたよ」
機嫌のいい大公アスタロトの足元に、魔狼がひれ伏して鼻を鳴らした。地面に低く腹ばいになる恰好は、上位者に対し敵意がないことを示す所作だ。彼らが視線で示す先、少し離れた茂みにフェンリルのセーレが隠れていた。巨体を隠すのにぴったりな茂みを見つけた彼だが、少しして小型化して歩み寄る。
挨拶を交わし、少し待つと魔熊が茂みを揺らして現れた。続いて、鹿や豹にしか見えない魔物が次々と平伏する。ざっと100匹前後か。数を確認したアスタロトは、彼らと情報を共有した。人族の兵は何も知らされずに戦地へ投入されることも多いが、あれは無駄が多い。
末端の兵まで事情を理解していれば避けられるトラブルもあるため、人質に危険が及ぶ場合などを除いて共有してきた。魔王を騙そうとした痴れ者の処分と聞き、魔獣達に気合が入る。誰が多く獲物を仕留めるか、気が急いているようだ。
「不可視の結界を張りましょう」
10mほど後ろに結界を張ることで、彼らを透明化する。実際に透き通ったわけではなく、光の屈折率を変更する高度な魔術だった。吸血種は音や光の扱いに長けた者が多い。魔力に敏感なフェンリルを先頭に、紡錘形を取った魔獣達が列を作った。
「あ、お待たせしました。話をしてきたので村に入れます」
奇妙な言い分に、当事者だけが気づいていない。魔族との最前線の基地である村に、魔族を引き入れることを承諾させたなどあり得なかった。勇者一行の戦力である剣士が家族を預ける不自然さ、勇者を置いて剣士だけが戻ったことを疑わない砦の者……数え上げればキリがない。
この剣士を名乗る者が、剣術の心得がない事実など些末事に思えるほど……人族の行動は奇妙だった。素直に男の後ろを歩きながら、アスタロトは口を開く。あと数十歩、砦は開門されて無防備な状態に見えた。その入り口にある罠を見逃すならば。
「ああ、言い忘れておりましたが……」
見つけた罠をそのままに通過し、上から降り注ぐ氷の矢を簡単そうに爪の先で摘まんだ。微量ながらも魔力を注がれた氷は、さらに強い魔力を浴びせられて霧散する。蒸発とは違うが文字通り消えた。
「こういった罠も、あなたの嘘もすべて……バレています」
「くそっ! かかれ!!」
殺す気ではなく、魔族の中でも上位者を捕まえるつもりらしい。力関係を見誤った愚か者を無視し、ばさりと背に羽を広げた。黒いコウモリの羽の意味を、人族は知らないだろう。にやりと口元を歪めたアスタロトの右手に、愛用の剣が召喚された。
虹色の刃は魔力の塊であり、同時にアスタロトの分身でもある。
「もういいですよ。好きに狩りなさい」
狩り尽くしても、数匹残して恐怖を喧伝するも任せます。そう告げたアスタロトの命令を聞き違えることなく、フェンリルが咆哮をあげた。答えるように甲高い鹿の声が重なり、唸る熊や猪の低い声が被さる。何も見えない空中から湧いて出た魔獣に、人族は為す術もなく逃げ惑った。
「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
ある化学者(ケミスト)転生〜無能錬金術師と罵られ、辞めろと言うから辞めたのに、今更戻れはもう遅い。記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です〜
-
4
-
-
聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
-
6
-
-
全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
-
14
-
-
S級魔法士は学院に入学する〜平穏な学院生活は諦めてます〜(仮)
-
3
-
-
《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。
-
2
-
-
最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。
-
5
-
-
【旧版】自分の娘に生まれ変わった俺は、英雄から神へ成り上がる
-
32
-
-
ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜
-
5
-
-
悪役令嬢、職務放棄
-
10
-
-
水魔法しか使えませんっ!〜自称ポンコツ魔法使いの、絶対に注目されない生活〜
-
20
-
-
乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
-
16
-
-
パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~
-
5
-
-
婚約破棄されたので帰国して遊びますね
-
11
-
-
夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
-
25
-
-
深窓の悪役令嬢
-
15
-
-
聖女(笑)だそうですよ
-
6
-
-
魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?
-
14
-
-
婚約破棄された悪役令嬢が聖女になってもおかしくはないでしょう?~えーと?誰が聖女に間違いないんでしたっけ?にやにや~
-
11
-
-
冒険者パーティー【黒猫】の気まぐれ
-
57
-
-
聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜
-
7
-
コメント