魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

831. ほら、あなたのせいですよ?

 剣士が家族を匿ったと告げた砦の少し手前に転移したアスタロトは、細い息を吐いた。口笛のように甲高い音を響かせたコウモリの発声に、同じ音域で返答がある。これは人族の可聴域に含まれない音のため、魔族の中でも一部の種族しか気づけないだろう。


 聞こえたのは、魔獣や吸血種、エルフくらいだろうか。ドラゴンや獣人達は残念ながら聞こえないが、魔獣だけでも森の中に溢れている。招集の響きに、どのくらいの魔獣が応じるだろうか。口元が緩むのを手で隠しながら、結い上げたままの金髪を揺らして顔を上げた。


「では行きましょうか」


「ええ、お願いします」


 誠実そうに見える。丁寧に頭を下げる態度に侮りや屈辱を滲ませないだけで、十分優秀な人材だ。彼が促す先、告げられた村のある場所は人族の砦がある。魔族が住まう魔の森との境目に村を作るのだから、砦のひとつも作るだろう。そこに大量の兵士と魔術師が集まっていなければ……だが。


 辺境の砦に人手を割く余裕は、今の人族にない。海沿いに新しい都を作ったのだから、そちらで集まって暮らすのが一般的な人族の考え方だった。にもかかわらず辺境地に村を作る理由はひとつ。魔族を害する気なのだ。弱い種族を攫い、襲い、殺して奪う。


「愚かですね」


「え?」


「いえ。何でもありませんよ」


 美しい顔に笑みを張りつけ、表面を取り繕う。隣の魔族が吸血鬼王と呼ばれる存在と知ったら、剣士はどうするか。気づいたとして何も手を打つことは出来ない。武器を持っていても、毒や魔術をもってしても、この男を負かす強者は人族に存在しなかった。


 魔族が襲撃したと誤解させないよう、歩いて近づきましょう――そんな理由をつけて歩いて近づくことにした。魔の森の植物は独特な習性をしたものが混じっている。蔓を伸ばして足を掴んで逆さに吊るすなんて事態も大して珍しくなかった。もちろん、魔族の強者であるアスタロト大公の足を掴むような蔓はいないが……隣の人族は別だ。


「え? あ! ぎゃああ」


「煩いですね」


 溜め息をついたアスタロトの意を汲んだ蔓が、申し訳なさそうに掴んだ足を離す。剣士は空中で放り出される形となり、肩から落下した。助ける義務はないと眺めるアスタロトだが、先ほどの悲鳴で人族の砦に動きがあった。


「ほら、あなたが騒ぐから監視に見つかったではありませんか」


 嫌そうに告げるアスタロトだが、内心は真逆の心境だった。これで攻撃のひとつもしてくれたら、相手を殲滅する大義名分が手に入る。魔王ルシファーの許可を得ているとはいえ、これから駆け付ける魔獣達の為にも、軽く攻撃を受けておきたかった。


「魔族だ! 攻撃だぞ!!」


 予想通りですね。頬を緩めるアスタロトは、慌てて口元を引き結んだ。堪えるために眉を寄せた表情は、まるで彼らの反応に戸惑っているように見える。意図せず最大の効果を剣士に与えたアスタロトの手が、小さく動いた。


「どうしますか?」


 連絡を行いながら尋ねる。魔獣達を動かしたことを含め、ベール経由で事前に魔王軍に知らせた方がいいだろう。気遣いに関しては大公随一の吸血鬼王の問いかけに、剣士は陰で舌打ちした。まだ砦から離れた場所なのに声を上げた奴らを罵っているようだ。彼の表情から察しながら、アスタロトは気づかないフリを貫く。


 絶望を与えるなら、出来るだけ苦しめた後が効果的なのだから。

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