魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

826. 自称勇者と笑い転げる竜

「魔王! 出て来いっ! 勇者のおれがお前を倒してやる」


 勢いよく飛び出した青年は、小麦色の肌をしていた。髪は白茶けているが、瞳は深い紺色だ。外見から推し量る魔力の少なさに眉をひそめるエルフが、弓に矢をつがえた。狙いを定めながら警告を発する。


「魔王陛下は、偽勇者の相手はしないわ」


「逃げるのかっ!? 卑怯者め、魔王の名が泣く……っ」


 最後まで言い切る前に、頬をかすめて矢が肌を切り裂く。にっこり笑ったオレリアは、すでに矢をつがえたエルフの後ろから人々の間を縫って飛ばした。そのまま前に進み出ると、腰に手を当てて言い放つ。


「本物の勇者の証拠を見せなさい」


 女だと思って甘く見たのか。傷つけられた青年が叫んで剣を振り上げた。しかし、隣に現れた美貌の吸血鬼がそれを防ぐ。婚約者ラウムがばさりと羽を揺らし、勇者を名乗る青年を吹き飛ばした。転がって地面に叩きつけられた青年が喚き散らす。


「くそっ。おれは勇者だぞ」


「何を吹き込まれたら、ここまで思い込めるのかしら?」


「あり得ないな」


「第一、当代の勇者はまだ存命だぞ」


 オレリアの呆れ交じりの声に、周囲からも様々な種族が声を上げる。勇者を名乗る青年は起き上がると慌てて距離を取った。攻撃されると思ったのかもしれないが、魔族側はいつでも潰せる羽虫相手に危機感はない。


「大丈夫か?」


「ひどいわ」


 仲間なのだろう。勇者と自称する青年の周囲に、剣士、女騎士、魔術師のローブ姿の男、白いひらひらした修道服の少女が駆け寄った。全部で5人だ。パーティーとしてはバランスがいい人数だろう。多すぎれば小回りが利かず、少なすぎると戦闘力に欠ける。少し後衛の戦闘力が足りない気がした。


 魔術師でも構わないが、弓か槍を扱う者が欲しかったところだ。冷静に分析しながら、エドモンドが口をはさんだ。元公爵家のドラゴンが乗り出したことで、魔王軍の見回りが数人同行する。


「お前が魔王か!?」


 指を突き付けられ、エドモンドはきょとんとして足を止めた。指の先にいるのが自分だと判断し、失礼さに怒るより先に笑いが漏れる。ツボに入ったのか笑いが収まらないエドモンドの様子に、オレリアとラウムも顔を見合わせて笑う。周囲の魔族にも徐々に伝染した結果、ほぼ全員が笑いすぎて腹を抱える羽目に陥った。










「あっちは楽しそうだな」


「そうですね。勇者を自称する者が攻撃したのではないようですが」


「エドモンドが転げまわってるけど」


 笑い声が風に乗って届いた木陰で、ルシファーが怪訝そうに首をかしげる。向かいで肉を切り分けていたアスタロトが眉をひそめ、ルキフェルも目を凝らして様子をうかがう。


「問題ないわよ~、曲芸でも披露したんじゃない?」


 ベルゼビュートは赤ワインを口に運びながら、くすくすと思い出し笑いをした。なにか過去の勇者もどきと戦った時の記憶が蘇ったらしい。ベールは我関せず、ひたすらルキフェルの世話を焼いていた。肉を切り分け、飲み物を補充し、焼いた野菜もさりげなく肉の間に混ぜる。


「ベルちゃんって、ロキちゃんのお母さんみたいね」


「そうですか?」


 惚けて見せるベールの対応を流したリリスは、アスタロトが切り分けた肉をフォークに刺して、ルシファーの口へ差し出した。


「あーんして」


「あーん」


 素直に食べさせてもらうルシファーの和らいだ表情に、機嫌よくなったリリスがまだ切り分けていない肉をトングで掴んだ。ソファになっているヤンの鼻先へ差し出して「あーん」と口を開けるよう要求する。ルシファーの反応を窺いながら、肉を頬張ったヤンは嬉しそうに尻尾を振った。


「リリスも、ほらあーんして」


 仲睦まじい魔王と魔王妃の様子に、周囲の魔族は頬を緩ませる。そんな平和な風景の先で、広場の入口に当たる森との境目は爆音を立てて……爆発した。

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