魔王様、溺愛しすぎです!
817. 罪人を潰しましょうか
「なら武器を捨てろ」
当然のように命じられた。アベルだけなら、武器を捨てたかも知れない。しかしアミーやルーシア、イザヤが一緒なのだ。迷う仕草で唇を噛んだ。彼女の斜め後ろのルーシアが、何か魔法陣を手のひらに描いた。魔力を遮断して悟らせないようにしながら、抱っこした子狼の陰で友人を救う手を講じる。
ルーシアの青い瞳と一瞬だけ目を合わせて小さく頷き、アベルは剣を地面に突き立てた。さきほどのケガで赤く染まった手から、オリハルコンの剣が離れる。大袈裟に騒ぎながら、敵の注意を引きつけた。
「わかったよ、わかったっての。まったく……女の子を人質にするなんざ、最低の行為だぞ。わかってんのかよ」
大声で騒いで注意を引きつけるアベルに、獣人が槍を突き付ける。胸元に突き付けられた穂先が、ちくりと肌を傷つけた。シャツを抜けた鋭い金属に、しかしアベルは怯えた様子を見せない。
「なんだ? ちゃんと要求通りにしたってのに、いきなりブスッと刺しちゃうのか」
準備が整ったルーシアがひとつ息を吐いて、魔法陣を展開した。発動した魔法陣が一瞬で味方の身体を包み込む。結界や護りを得意とするルーシアは、水魔法を得意としている。魔法陣について足りない知識を補うため、複数の魔法陣を暗記した。
水魔法と相性のいい結界は一番最初に覚えたが、その応用版を先日ルキフェルから譲り受けた。水を人体の表面に添わせるイメージで、自分を含めた4人と1匹に適用する。ほっと息をついたルーシアは声を上げた。
「もういいわ」
「よっしゃ! 反撃だ!!」
血塗れの手を伸ばし、突き付けられた槍の穂先を素手でつかんだ。結界越しの感触は不思議と素手に近く、水の感じはない。しかし手のひらは切れず、傷つかなかった。
「ルカ! 結界を張ったわ」
「ありがとう!」
叫んでから魔力を手のひらに集中させる。ある程度の量が流れたら、義父の名を呼べば……その瞬間、彼女の注意は手のひらに向かっていた。喉に突き付けられた刃の感触は遠く、僅かに流れた血にも気づかない。無意識に喉の血を手で拭った。
「っ!! ルーサルカ! 無事ですか?!」
まだ呼びかける魔力が足りていないのに、目の前に美麗な顔が飛び込んだ。驚いて「お、とう、さま?」とかすれた声を上げる。その直後に、後ろにいた男をアスタロトの風が引き裂いた。無残という表現がこれ以上なく似合う。ばらばらになった犯人を呆然と振り返った。
「うわっ、すげぇ」
獣人の槍とチャンバラごっこを繰り広げるアベルが、顔をひきつらせた。離れた場所で魔法使いと向かい合うルーシアも「……すごい、のよね?」と疑問形になった。それほど圧倒的な処分方法だ。真っ赤に染まった後ろの地面を見ないフリをしたルーサルカの顎に、そっと白い手が触れた。
「この傷は……先ほどの男ですか?」
「は、はい」
いきなり触れたアスタロトの手が、傷の位置まで首を滑って動く。ざわざわする感触に首を竦めた。
「申し訳ありません、痛かったでしょうか」
少し眉じりを下げた義父に、ルーサルカは首を振って否定した。混乱して両手でぎゅっと胸元を掴んでいたが、そこで気づく。首を動かしても傷が痛くない。
「えっと」
「女性の肌に傷が残ってはいけませんから、治しました」
当たり前のように言い切られ、アスタロトの背に守られる形になったルーサルカは頬を両手で包む。義父が眩しい。魔王ルシファーを始めとして美形には慣れたつもりでいたが、今更になって照れてしまった。
「さて、我が娘を傷つけた罪人を潰しましょうか」
イザヤとアベルは顔を見合わせる。いまのセリフが文字通り「物理的に潰す」意味に聞こえて寒気が背筋を走った。
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