魔王様、溺愛しすぎです!
798. 迂闊な行動の言い訳
緊張した響きを安堵の色に変えた溜め息と呟きに、ルキフェルはそっと顔を上げた。自分を抱きしめる腕は慣れたベールの物だ。銀色の長い髪がさらりと肩を滑って、ルキフェルの視界を塞いだ。
「無事でよかったです」
水色の髪を撫でてくれる優しく温かな手に、目を閉じてぎゅっとしがみついた。リリスが来てから、兄になるんだからと我慢していたが、やっぱり安心できる。
「あっ! 黒い粒が、爆発っ!」
「とりあえず封じておいた」
けろりと告げたのは、最初に聞いたルシファーの声だった。ルキフェルの結界を破った黒い粒は、黒い煙に変化している。割れた瓶の欠片ごと結界にくるんだルシファーは、興味深そうに不透明の結界を覗き込む。
「これ、何だ? こないだの三角の魔物か?」
「海水だよ」
魔王の結界を破る強さはないらしい。四角く囲った結界の中で、もぞもぞと煙は蠢いていた。まるで生き物のようだ。不気味な動きに嫌悪を覚えて、ベールが眉をひそめる。
「海水に混じっていた黒い灰でしょうか」
「わからない。この海水の瓶は時間を進める魔法陣の上に置いてた。危険を感じたから外で開けたんだけど……」
それでも爆発してしまった。転移魔法陣はまだ無傷で下に広がる。魔法文字の変質もなく、そのまま使用可能だった。ルキフェルに歩み寄るルシファーの背にしがみついたリリスが、後ろから声をかける。
「ねえ、ルシファー。もう顔を出してもいい?」
「ああ、大丈夫だよ」
危険だから後ろにいろと言われたリリスは、きちんと指示を守ったらしい。ほっとした様子で横から顔を見せ、腕を絡めて隣に立った。シンプルなワンピース姿だが、肩の水色から裾の紺までグラデーションが美しい。黒髪で上半身が暗くなりがちなリリスに合わせ、淡い色が上になるグラデーションを提案したのはアラクネだろう。
「外で開けたのは正解だったが、次は二重結界にした方がいいかもな」
「そうする」
ルキフェルはほっとしながら、後ろで守られている部下の無事にも肩の力を抜いた。いざとなれば竜体になって防ぐつもりだったが、間に合ってよかったと思う。
「あれ? でもベールを呼んだのに」
「隣にいたのですよ、召喚されて転移する私の裾を掴んで一緒に飛んできました」
最高権力者として、その迂闊な行為はどうかと思います。説教の響きを滲ませるベールに、ルシファーは慌てて言い訳した。
「だって、大事な弟の危機だぞ? それにオレがいて助かったじゃないか」
見事な正方形の結界を指さし、オレが助けたと力説する。ルシファーのあまりに必死な様子に、ルキフェルが吹き出した。後を追うようにリリスも笑い出す。見ると背後の部下たちも口元を隠しているが、笑っているようだ。
「結界に関しては感謝しております」
「……それ以外に何かあるのか?」
結界に関しては、と区切られたことで疑心暗鬼でびくつく魔王――腕を絡めるリリスは、まだふくらみの足りない胸を押し付けながら、冷や汗をかく純白の魔王の頬を撫でた。
「安心して、ルシファー。私が守るわ」
「え? あ、オレもリリスを守るぞ」
「人を悪役扱いするなんて、いい度胸です。ひとまず、この黒い物質の処分を考えた方がよろしいかと思いますが」
言われて、放置した四角い黒箱状態の結界を覗き込んだ。動く煙の正体は不明だが、ルキフェルが危険を感じたなら、外に出さない方が良いのだろう。もし日本人が口にした爆弾の中身なら、開放するのは世界の危機を招きかねない。
「いつも通り廃棄でいいか」
「そうですね」
火山の奥深く、魔族も魔物も近寄れない場所へ転移させる。結界を張るのが早かったため、周囲への拡散は見られず、また念を入れた転移魔法陣も無事だった。魔力を流してあっさりと転移で目の前から消す。
「海水の時間を進めるのはひとまず中止しましょう」
原因がわかるまで、一時的に海水に関するすべての研究や実験が凍結された。
「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
ある化学者(ケミスト)転生〜無能錬金術師と罵られ、辞めろと言うから辞めたのに、今更戻れはもう遅い。記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です〜
-
4
-
-
聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
-
6
-
-
全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
-
14
-
-
S級魔法士は学院に入学する〜平穏な学院生活は諦めてます〜(仮)
-
3
-
-
《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。
-
2
-
-
最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。
-
5
-
-
【旧版】自分の娘に生まれ変わった俺は、英雄から神へ成り上がる
-
32
-
-
ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜
-
5
-
-
悪役令嬢、職務放棄
-
10
-
-
水魔法しか使えませんっ!〜自称ポンコツ魔法使いの、絶対に注目されない生活〜
-
20
-
-
乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
-
16
-
-
パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~
-
5
-
-
婚約破棄されたので帰国して遊びますね
-
11
-
-
夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
-
25
-
-
深窓の悪役令嬢
-
15
-
-
聖女(笑)だそうですよ
-
6
-
-
魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?
-
14
-
-
婚約破棄された悪役令嬢が聖女になってもおかしくはないでしょう?~えーと?誰が聖女に間違いないんでしたっけ?にやにや~
-
11
-
-
冒険者パーティー【黒猫】の気まぐれ
-
57
-
-
聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜
-
7
-
コメント