魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

793. 不安と混乱の中で

「ママはどこ? ママを見なかった?」


「ピヨがどうしてもヤン殿に会いたいと……」


 相変わらず「ママ」呼びは直らないらしい。ピヨは不安そうにきょろきょろと周囲を見回す。成長するにつれて、徐々にインプリティングされた母親代わりのヤンから離れていた。なのに、今は生まれたての雛のように不安を露わにする。普段と違うピヨの様子に、アラエルも困惑していた。


「リリス様の後ろにいたわよ。今は執務室じゃないかしら」


 ベルゼビュートが記憶を辿りながら答えると、ピヨはじたばたと暴れて飛び立とうとする。慌てたアラエルが彼女の羽を摘んで、己の背中に乗せた。


「ありがとうございました」


 礼を言って立ち去るアラエルは、背中で火を吐いて暴れる番を破壊行為から守りながら走っていく。見送ったベルゼビュートは、奇妙な違和感に首をかしげた。


「なんだったのかしら」


「さあ」


 近くで同じように立ち尽くすアンナも、不思議そうに声を漏らす。くるくる巻いた髪を指先で弄りながら、ベルゼビュートは肩を竦めた。


 城下町に近づくにつれて、似たような現象をあちこちで目撃する。焦った様子でアンナに駆け寄るイザヤも不安を口にし、遊んでいた狐獣人の子供が泣き出す。誰もが口にするのは、不安になって誰かに縋る言葉ばかりだった。


「何か……変ね」


 魔の森の魔力は戻り、体調不良は解決した。海へ流した魔力により、人々は落ち着きや平穏を取り戻していたのに。森を横断する霊亀を捕まえ、すべてが今まで通りになったはず。


 恋人や母親の姿を必死に探す人々を不安に陥れた原因は、目に見えないものらしい。漠然と抱いた恐怖に背を押され、大切な存在が失われていないか確かめる。この幼い行為を、ベルゼビュートは異常な光景として捉えた。








 しっかり説教されたルシファーは、膝でうたた寝するリリスの背を撫でていた。2人の説教は転移魔法陣の座標設定ミスに関するもので、危うく魔王軍の精鋭をごっそり危険に晒すところだったという内容だ。


 反論すると長くなるため、今後は気をつけると素直に受け入れて話を聞いていた。ふと、膝の上のリリスが目を覚ます。


「ルシファーは、どこ?」


 金の瞳を瞬かせて身を起こし、自分を抱きとめる腕に気づいてほっと表情を和らげる。


「ここにいるよ」


「よかったわ」


 安堵の息をつく姿に「悪い夢でもみたか?」と彼女の黒髪を撫でてから抱き締めた。甘やかす姿はいつものことと、アスタロトとベールは説教を続けようとしたが、今度は別室で研究資料をまとめるルキフェルが駆け込んだ。


「ベール」


「どうしましたか」


 穏やかに問い返せば、幼い姿の頃によく見せた仕草で、ベールの衣の端をきゅっと握った。ずっとベールに抱き上げられていた頃の仕草で、ここ最近は見せなくなった懐かしい癖だ。


 足元で蹲るヤンが鼻をもたげ、周囲の匂いを嗅いでから大きな欠伸をする。窓際に近づき、何かを確認する様子を見せた。


「我が君、何かおかしいですぞ」


 ヤンの警告に、ルシファーだけでなく大公も慌てて窓際に近づく。窓の外で、母親が子を、子は父母を求めて右往左往している。若者も恋人や伴侶を探して、名を呼ぶ混乱ぶりだった。まるで災害時に家族の無事を確かめるような……。


 一度落ち着いたはずの魔族に何が起きているのか。そこへふわりと背に羽を広げたベルゼビュートが、窓にあるテラスに舞い降りた。もどかしそうに扉を開けて、部屋の中のルシファー達に叫んだ。


「おかしいわ! すぐに下に降りて!!」

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