魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

786. お持ち帰りは諦めました

 確かに動いていない。巨大な灰色の身体は、海の波に引きずられて沖へと流れ出した。頭の部分を研究用に持ち帰ると言い出したルキフェルの収納へ押し込み、ずぶ濡れのベルゼビュートが浜辺へと戻ってくる。若いドラゴンが軍服の上着を脱いで、彼女へと差し出した。


「こちらをどうぞ。ベルゼビュート大公閣下」


「あ、あら……ありがとう」


 驚いた顔をしたものの、濡れた肩に上着をかけてもらい満足そうなベルゼビュートが口元を緩めた。女性扱いは久しぶりである。若い子は正体を知らないから……そう思いながらも口を噤んだ大公と魔王をよそに、後ろの側近少女達はきゃっきゃとはしゃいだ。


「いい雰囲気ですわね」


「ベルゼビュート様は美人でらっしゃるもの」


「そうよ」


 その言葉を背中で受け止めたルシファーは、心の中で反論を押し込めた。彼女のいい加減さや適当すぎて屋敷が廃墟になったことも含め、一切指摘せずアスタロトが視線を逸らす。この際、若いドラゴンに犠牲になってもらうのも、仕方ないとベールは目をつむった。


 そう……ベルゼビュートは家事能力はもちろん、様々な意味で結婚に向いていない。それでも隣で笑ってくれればいいと婚約を申し出た者もいたが、最終的にいろいろあって婚姻まで至らなかった。ちなみに、その時の男性は別の女性との間に子供をもうけたと風の噂で聞いたルシファーは、溜め息をついて見守る。


 たぶん、今回も難しいだろうが。懲りずに夢を見るベルゼビュートは、可愛い。


「ベルゼ姉さん、嬉しそうね」


「ああ。本人が幸せなのが一番だ」


 巨大生物の頭らしき三角形を収納し終えたルキフェルは、ぬめる手を海水で洗い流してから戻ってきた。満足そうを通り越し、早く戻って研究したいと表情が語っている。


「私の方で亀を追いかけますが、今回はどうしますか?」


「そうだな。またお前の城の下でいいんじゃないか?」


 霊亀が自由に歩き回ると、森への被害が大きかった。木々をなぎ倒して歩く上、修復に必要な魔力を近くに住まう種族から回収されてしまうため、間接的な被害も見逃せない。海に戻るか、封印に近い方法で片づけたいと尋ねるベールへ、ルシファーは安易な解決法を提示した。


「……城はもうありませんけどね」


 洞窟とはいえ、山の中の巨大な空洞を落ちたのだ。ベールの城は粉々だった。新しく作るにしても、時間がかかる。その間、亀を単体で置いておく形になるだろう。


「手伝いましょう」


「あ、僕も手伝うよ」


 アスタロトとルキフェルが手を挙げたことで、霊亀の強制転移に必要な魔力は足りる。ルシファーが魔力を大量に使いすぎた現状で、さらに翼を減らす消費行為を許さぬアスタロトは自分の魔力提供を申し出た。巨大な転移魔法陣を設計したいルキフェルは楽しそうだ。


「ルシファー、あの子達を連れて帰りたいわ」


 せっかく話とリリスの興味がそれていたのに、一段落した途端に思い出したお姫様は無邪気に強請った。ルシファーは海に頭をのぞかせる緑色の魔物らしき生き物を見つめ、首を横に振る。


「あれは海の生き物だ。陸に上げたら死んでしまうぞ」


「平気よ、毎日お風呂に海水を持ってくればいいもの」


 カルンに与えたように、大きな風呂に海水を満たせば問題ないとリリスは考えたらしい。リリスと視線を合わせるために抱き上げたルシファーは、例えを口にした。


「こうやってずっと拘束するのと同じだぞ。可哀そうだろう」


「私はルシファーとくっついてるの、嬉しいからいいわよ」


「ん゛……ん、いや……嬉しいが。そうじゃなく」


 リリスとくっついてるのは嬉しい。だが伝えたかった話はそうじゃない。変な声が出た魔王を、少女達はおろおろしながら見守った。下手に口出しできないのだ。


「リリス様、彼らが望まぬことを強要したら、人族と同じですよ」


「そうね、やめるわ」


 話を横で聞いていたアスタロトの助言に、あっさりとリリスは意見を翻した。助かったのに、なぜか憮然とした顔のルシファーが「アスタロトの説明だと納得するのか?」と拗ねた口調でぼやく。肩を震わせて笑うリリスは彼の頬に唇を押し当て「大好きよ、ルシファー」と囁いた。


 機嫌が直った魔王を見ながら、側近たちは顔を見合わせる。単純で素直なのは……長所か欠点か。どちらにしろ、魔王妃の手のひらの上で転がされる未来を予見した側近たちであった。

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