魔王様、溺愛しすぎです!
783. 海からの訪問者達
「ご報告申し上げます。霊亀が隣の浜から上陸し、半数は後を追っています。残りはここであの生き物を捕獲しました」
「ご苦労でした」
労うベールが森の方へ視線を向けると、確かに大きな生き物が木々を押し倒して進んだ形跡がある。後を追うか、この場にいる生き物を確認すべきか。迷うベールをよそに、ベルゼビュートは砂浜に降りていく。
人族の村があった浜辺は、多くの足跡が残る。獣系だったり、水かきがあったり、靴やヒールだったりする足跡の上に、小さな生き物が複数蹲っていた。
「なに、これ?」
ベルゼビュートの疑問に、ベールも眉をひそめる。見たことがない種族だった。下半身が魚なのだが、上半身が緑色の肌の人族に似ていた。一番近い姿は、蛇女族達だ。彼女らは上半身が女性で、下半身が蛇である。
人族に似た上半身を持つのに、顔はカエルに似ていた。日本人なら「皿のない河童の人魚」と評しただろう。奇妙な姿の彼らは、10歳前後の外見だった。ぎょろりと目が大きく、幼く見える。白目部分がなく、大きな瞳のすべてが黒かった。
「子供なの?」
不思議そうにしながらも、危険を感じないことからベルゼビュートはすぐ近くでしゃがんだ。ドレスの裾が波に触れるが、気にせず覗き込む。
「触ってもいい? 言葉は通じてるかしら」
手のひらを上に向けて手前で止めれば、彼らは顔を見合わせた後、1匹がそっと触れた。手の上にぺたりと己の手を重ね、顔に対して不自然に大きな黒い目を見開く。
「きゅー!」
仲間に何やら声をかけ、次々とベルゼビュートの手に触れた。指を握ったり、手の皮膚を撫でたり、興味津々といった様子だ。
「どうしたらいいのかしらね」
擽ったさに頬を緩めるが、やはり危険は感じなかった。彼女の打ち解けた様子に、警戒していた魔王軍も拍子抜けした様子で肩を竦める。
「ベルゼビュートではなく、ルキフェルかアスタロトを連れてくるべきでした」
「なによ、あたくしだから触れたんじゃない」
危険でないとわかれば、種族の分類に詳しい者の方が役に立つ。研究職のルキフェルは、すでに滅びた種族であっても区別がつく。アスタロトも文官の頂点に立つ者として、様々な知識を蓄えていた。しかし彼女の言葉通り、他の2人は簡単に触らないだろう。
「この子達、肌が冷たいわ。水の中の種族みたいね」
そっと頬に触れてみる。カエルに似た顔立ちも、よく見れば愛嬌があって可愛いと笑うベルゼビュートだが、頭の毛に似た物に触れると首をかしげた。
「髪の毛じゃなくて、触覚みたいな感じだわ」
温かい肌にすがりつく1匹を抱き上げ、ベルゼビュートが振り返った。
「とりあえず、連れて帰りましょう」
そう口にした途端、小さな生き物達が「きゅー」と大きな声で何度も鳴いた。鳥の声に似た甲高い声は、警告音を思わせる。連れて帰るのはやめようかとベルゼビュートが眉をひそめたとき、海の波が急に泡立った。
巨大な生物が近づき、波が荒れて高くなる。その波に飲まれそうになったベルゼビュートは、抱いた1匹を連れたまま後ろに逃れた。足元の小さな子らは波に飲まれたものの、器用に尻尾を使って泳いでいる。溺れる心配はいらないようだ。
「ちょ……っ、いや、なに!?」
叫んだベルゼビュートの足首に、細長い白い触手のような物が巻きついた。ずるずると海に引きずられるベルゼビュートが悲鳴を上げる。振り返ったベールは、その光景に驚いて息を呑んだ。
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