魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

778. もう存在しないとしたら

 しんと静まり返った大広間に、アンナの声が響いた。ざわついていた貴族は顔を見合わせ、不思議そうな顔をする。前に押し出したルキフェルも困惑顔だった。海の異常を魔族は完全に把握できていない。にもかかわらず、彼女たちは「自分たちがいた世界から投げ込まれた」と言い切った。


「謝罪は不要だ。お前たちが何か捨てたわけではない」


 ルシファーが言い切ると、ベールやアスタロトが打ち合わせを中断して同意を示す。


「そうです。人族がやらかしたことを謝っていたら、身が持ちませんよ」


「投げ込まれた物は、心当たりがあるのですか?」


 アスタロトが軽い口調で切って捨てた。ベールは彼女らの知識を引き出そうと尋ねる。泣き出しそうなアンナの様子に、リリスがルシファーの腕をポンと叩いた。渋々リリスを赤い絨毯に下すルシファーは、玉座から立ち上がりかけて、アスタロトに「座っていてください」と注意される。


 玉座から魔王が立ちあがって歩き出すと、会議終了のお知らせになってしまうのだ。今までの話し合いからの慣習が身についた貴族達は、ルシファーが腰を下ろす姿にほっと息をついた。


 一方のリリスは周囲の視線も気にせず、すたすたと歩く。アンナに近づくと「触るわよ」と声をかけてから抱きしめた。身長差があまりないこともあり、抱き合う少女達は微笑ましい。


「……私たちが感じたのは、あの世界との繋がりが突然断たれた痛みよ」


 アンナの頬を涙が伝う。その意味を全員が一瞬で悟った。異世界から召喚され、彼らが帰れると思っていた根拠はここにある。僅かに細い糸のような希望が繋がっていた。その細い繋がりがぷつりと切れ、恐怖と混乱に襲われる。顔を見ずとも手を繋いでいた親の指が離れたような……漠然とした寂寥感。


「魔法陣で帰れると言われたとき、まだあちらの世界と繋がってる自分たちに安心してた。いつでも帰れる気がして……なのに、まるで世界が消えたみたいに切れた」


 眉を寄せたアベルが、曖昧な感覚を何とか言葉にしていく。どう説明したらいいか。イザヤはまだ言葉を探していた。恐ろしい仮説だけれど、あり得ないことじゃない。ただ、証拠がないだけ。3人が口にしない仮説があった。


 あの世界は……もう存在しないのではないか?


 アンナが痛みと表現したあの瞬間の喪失感と、勝手に零れた涙が――想像もしたくない事実を肯定する。自分たちが召喚される前にテレビで観たのは、世界各国が利己的に自国の身勝手な主張を振り回す様子だった。どこの国が、いつ破滅のボタンを押してもおかしくないほど……狂っていた。


 どこかの国が衝動的にボタンを押したなら、細い糸が伸びる先の世界が突然繋がった衝撃の理由も心当たりがある。世界が崩壊した衝撃で、自分たちがいる異世界への道が開いた。しかし向こう側の世界が存在しなくなり、その道はすぐに閉ざされる。


 爆発で流れ込んだ汚染物質が海を汚したとしたら、魔法がある世界でも影響が残るだろう。イザヤが覚悟を決めてすべてを話そうと顔を上げる。アンナを抱きしめたまま、ゆっくり首を振るリリスがそっと己の唇に指を押し当てた。


「今はだめよ」


 柔らかな声で制止した彼女は、イザヤの腕にアンナを預けて踵を返した。

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