魔王様、溺愛しすぎです!
767. 色鮮やかな想い
打ち寄せる波が透き通っていく。ルシファーの隣に座ったルキフェルが左手を浸した。膝をつくベールと空いた右手を繋ぐ。ベールも片手を波に入れ、魔力をゆっくり流した。
「いろんな色で綺麗ね」
ルシファーと左腕を組んだリリスがほわりと笑う。波を掬ってはしゃぐリリスの柔らかな声に、ルシファーが「そうだな」と相槌を打った。魔力を色で見る能力は、現在リリスしか確認されていない。だが、彼女の言葉や表現を疑う必要はなかった。
魔の森の娘が言う通り、個々に違う色を持つ魔族が心を合わせて魔力を海へ流す。それはきっと美しく、幻想的な光景だろう。リリスと同じ光景を見られないことは、とても残念だ。
「ルカ、大丈夫かしら」
不安そうに崖を見上げたリリスへ、ルシファーは肩を竦めた。
「アスタロトがいる」
「そうね。きっと心も守ってくれるわ」
すっかり口調も雰囲気も戻り始めたリリスを抱き寄せ、黒髪に口付ける。リリスは嬉しそうに唇を綻ばせた。
「義父様、お願い。カルンを……」
助けて。海から救い出して。黒い海に飲まれないように――腕の中で震えるルーサルカの必死の願いへ、アスタロトは穏やかに言い聞かせた。
「あの子は海の種族です。海が浄化されれば、戻りますよ」
静かに言い聞かせる。だがアスタロトは長い経験から、カルンが戻る先は海だろうと判断していた。心配して泣き濡れるルーサルカの隣ではない。
水がなければ生きられない海の種族が、魔王城で暮らすことは難しい。海と繋がる汽水湖のあるベールの城やベルゼビュートの湖でもなければ、無理だった。
ルーサルカは魔王妃リリスの側近となる身だ。リリス姫の後ろに立つべき者が、別の領地に住まうわけに行かない。
「わかり、ました……我慢しなくちゃ。だって、カルンは帰ったんだもの」
察しのいい少女の背を、アスタロトはゆっくり撫ぜた。哀れなほど聡い。それ故に、この先の展開を読んでしまうのだ。
魔王妃の側近として必要とされる能力だが、それを少女達への教育へ混ぜたことを、初めて後悔した。リリスが気づかぬ言葉の裏を読み、危害を加えようとする者を排除するのが側近の役目だ。同時にリリスの暴走を止める役割もあった。
察しの良さと生来の勘の良さが、ルーサルカを苦しめるのならば……この子に別の道を歩ませるべきだったのではないか。迷うアスタロトに腕を突っ張り身を離したルーサルカは、涙で赤くなった目元を手で拭った。
「平気です。私は……アスタロト大公の娘で、リリス様の側近だから」
何も無くしていない。自分を騙す少女の痛々しさに、アスタロトは何も言わなかった。これは彼女が自ら下した判断であり、側近の覚悟だ。
「ルカ、あの……」
水を操るルーシアが、そっと手に握った何かを見せてくれた。紫色の珊瑚だ。片手で掴める小さな欠片だけれど、まだ生きていた。
「魔力から識別したけど、カルンじゃないかな」
そう付け加えた翡翠竜は、心配そうに金瞳を細めた。彼を抱くレライエは何か言おうとして、言葉を選べずに唇を噛む。伸ばした手でルーサルカの肩に触れたシトリーが、下に見える砂浜を示した。
「リリス様が待ってるわ」
4人の少女は顔を見合わせて頷く。崖を駆け下りかけた彼女らに、苦笑いするアスタロトが提案した。
「この距離なら、私の魔法で飛んだ方が早いですね、どうぞ」
促されて、彼女達は素直に甘えた。下に転送してもらい、レライエが妙に軽いことに気付く。
「アドキス?」
消えた婚約者を探そうと振り返ったレライエは、ぱたぱた飛んで来る翡翠竜を受け止めた。ひっしとしがみ付き、犬のように尻尾を揺らしながらアムドゥスキアスはぼやく。
「アスタロト大公閣下の、意地悪」
転送の際に外されたと訴える婚約者の必死な態度に、レライエは噴き出した。
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