魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

756. 伝えたい言葉の核心

「逃げる……?」


「無礼を承知で申し上げますぞ。我は、斯様かように弱い方を主と仰いだ覚えはございませぬ。なぜリリス姫が頑張っておられることに気づかぬのですか。姫の一番近くにおられたのは、我が君でございましょう」


 苦しそうに絞り出したヤンは、声を荒げなかった。子供に言い聞かせるように、一言ずつ重い言葉が向けられる。膝の上のリリスは変わらず歌を歌っていた。誰も知らぬ曲を、小さな声で……それが助けを求める彼女の悲鳴だとしたら? 何かを必死に知らせようとした行為だったら。


 目を閉じて、ひとつ息を長く吐き出した。新しく吸い込めば、そこから気分を切り替えられる。姿勢を正し、幼い仕草で純白の髪を握るリリスの手にキスを落とした。驚いたのか、彼女の歌が一度止まる。


「ごめんな、リリス。助かったぞ、ヤン……礼を言う」


 思わぬ状況に立ち尽くしたルーシア達が動き出す。アデーレを呼ぶよう頼み、食事の支度をしてくれるよう伝えた。ルーサルカは眠り続けるカルンを抱き上げて、繋がる隣室のベッドへ寝かせる。その間にシトリーがテーブルの位置を動かした。


 食事をするには、ソファ用のテーブルは低くて使いづらい。収納を利用して入れ替える彼女は、慣れた様子で魔力量を制御する魔法陣を作り出した。彼女らの日々の成長は目覚ましい。以前に収納へ物を入れすぎて叱られた経験を活かし、すぐに隣の部屋に不要なテーブルを置きに行った。


「失礼いたします」


 中庭に転移したため、駆け付けるのが少し遅れたアスタロトが顔を見せた。彼の訳知り顔で、どうやら聞き耳をたてられていたと察したルシファーが、苦笑いして隣の椅子を勧める。濃色のローブを捌いて腰掛けたアスタロトが口を開くより早く、ルシファーは足元に座るヤンの耳の間を撫でながらぼやいた。


「まさか、説教係のアスタロトの代わりに……ヤンに叱られるとは。オレも随分と焼きが回ったものだ」


「そうですか? いつもこんなものでしょう。リリス様が絡むと、ルシファー様は本当にたちが悪いのですから」


 一切の擁護なしに返された。肩を竦めて反論をしないルシファーは、膝に乗せたリリスの黒髪を指先で弄る。また歌を口遊くちずさむリリスが、金色の瞳を瞬いた。


「ルー、おなかすいた」


「ああ、今用意させているぞ」


「おなか、すいた」


 この言葉は3回目だった。リリスの瞳の色の違いに気づいたとき、そして繰り返された今のフレーズが微妙に違う気がする。何かを伝えようとしているなら、拙く幼いリリスの言葉は別の意味を持つのではないか?


「リリスは、何が食べたい? サンドウィッチ、お菓子、それとも果物かな?」


 今度は違う言葉を引き出そうと、ルシファーはいくつか選択肢を示してみた。するとリリスは首を振って、窓の外へ目を向ける。薄暗くなった空は青から紺へ色を変えていた。曇って夕日が途中で遮られたため、今日は夕焼けにならないのだ。


 夜の闇色が覆い始めた空に、ぼんやりと月が浮かぶ。同じように窓の外へ視線を向けたルシファーの髪を引っ張り、リリスは「さかな」と呟いた。深く考えずに受け止めれば、彼女は魚を食べたいと強請ったように聞こえる。しかしルシファーはさらに質問を重ねた。


 リリスは何かを伝えようとしている。


「何色のお魚が好きだ? 青、赤、黄色、前に食べたのは銀色だったな」


 重ねられた質問にリリスはにっこり笑った。赤子の様に何も憂いや心配がなかった頃の、どこまでも無邪気で純粋な表情に、アスタロトも息をのむ。一瞬だけアスタロトと視線を合わせたルシファーは、優しくリリスの黒髪を撫でながら言葉を待った。


「青……でも黒い」


 リリスが魚を食べたいと言った。そう伝えに走ろうとしたレライエがぴたりと足を止める。驚いた顔で固まった彼女の腕の中で、翡翠竜が「青と、黒!?」と叫んだ。その声に、ルーシアやルーサルカも顔を見合わせる。少女達の何か知っている様子に、アスタロトが彼女らを連れて隣室へ移動した。


 話を聞きだすのだろう。2人と1匹になった室内で、ルシファーはリリスの金の瞳に接吻けを落とす。瞼の上に落ちたキスに、リリスは嬉しそうに笑顔を振りまく。本当に赤子に戻ったよう……ん? 赤子に、戻る?


 思い浮かんだ単語が妙に引っかかった。

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