魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

754. ああああっ!!

「それはまだ早い」


「ルシファー様」


 心配から厳しい声色を出した側近へ、身を起こしたルシファーが向き合った。横たわっているほど具合が悪いわけではない。ただ魔力を急速に消費したため、貧血のような症状が現れた。魔力の巡りを意識して操れば、すぐに解消する程度の不調なのだ。


 用意された簡易ベッドに座るルシファーを見下ろす形になったベルゼビュートは、所在なさげに数歩下がった。膝をついて見上げるアスタロトは名を呼んで咎めたあと、ルシファーの次の言葉を待つ。こういうところはベールも同じだが、必ず最後まで言い分は聞いてくれた。無視されたことはない。


 聞き入れられずに却下されることは往々にしてあるが……その際も最後まで聞いてから、理由を付けて却下するのが彼らのやり方だった。


「いま解除したら張り直せない。このまま維持して様子をみるのが最善の策だ」


 完璧ではないかもしれないが、考えられる中で最善だ。解除した結界を張り直す余力はない。こうして維持しているだけでも大量に魔力を消費していた。改めて張り直すとなれば、その負担はルシファーの許容量を超える可能性がある。


 隣の大陸を含め、全陸地の6割を覆った結界の大きさを知るアスタロトは地図を取り出した。さきほど転移した際に持ち込んだものだ。ルキフェルは複写して独自に地図を作っていたので、遠慮なく拝借してきたのだが……その表面に結界の位置を書き足した。


「現在、魔力が戻りつつある地域はここからここまでです」


 海沿いの地域を示す。すると慌てて駆け寄ったベルゼビュートが指先で、己の領地を円で囲う仕草を見せた。


「このあたりも平気よ」


「確認できていないのは、ベールの領地のみですか」


「そういえば……珍しく時間かけてるな」


 転移で移動したのはベールもベルゼビュートも同じだ。精霊女王ほどの感知ができなくとも、魔力の有無を判定して戻る程度で手間取るのはおかしい。ルシファーの疑問に、ベルゼビュートが肩を竦めて「昼寝でもしてるんじゃない?」と茶化した。


「あなたではないのですから」


 ぴしゃりと「あり得ない」と否定されたベルゼビュートは、むっと頬を膨らませた。魔族は実年齢に関係なく、子供っぽい振る舞いの者が多い。慣れているアスタロトは見なかったことにした。


「あたくしが見てきますわ」


「ああ、頼む」


「ま……っ」


 さっさと足元に転移魔法陣を描いたベルゼビュートへ、軽い口調でルシファーが許可する。浮かれた様子で消えた彼女を止めようとした手は宙を掴み、アスタロトは声と溜め息を飲み込んだ。


 絶対に余計な騒動を起こすに決まっている。ベールに文句を言われるのは、私ではないですか! 恨みを込めた眼差しでルシファーを振り向くが、当人は何を睨まれているのか理解せず首をかしげた。軍が使う簡易ベッドから滑り落ちた髪が地についても、ルシファーは気にしない。


 魔力の一部である髪や爪の処理もいい加減なので、いつも苦労するのは側近アスタロトだった。


 ベルゼビュートを引き留めるために立ったアスタロトは、ルシファーの後ろに回り込むと純白の髪を手にする。いつ外したのか、髪飾りがひとつ足りない。連結した王冠はすべて残っているが、髪を結んだ紐が切れたらしい。さらりと落ちた純白の髪を手に、朝と同じように結いなおした。


「ん? ほどけたか」


「ええ、何かに引っかけたのではありませんか?」


 記憶にないと呟くルシファーはひとつ欠伸をする。考えてみれば、忙しさに食事も休憩もすっ飛ばしていた。


「落ち着いている間に、休憩を取りましょう」


「ああ、そうだな。ならお前も一緒に……っ! ああああっ!!」


 突然叫んで立ち上がり、ルシファーはテントの外に飛び出す。何事かと騒ぐ魔王軍の精鋭を押しのけ、空を見て目を見開いた。大急ぎで魔法陣を作り、その場から消えた。


「アスタロト大公閣下、陛下は!?」


「今のは……」


「……私が追いかけますので、皆は職務をこなしてください。ベールが戻るまで、この場の指揮はエドモンドに預けます。モレクもよく助けるように」


 最低限の指示を出して、アスタロトも転移で魔王を追いかけた。

「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く