魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

750. 悪夢を打ち消すおまじない

「嫌な夢だったのなら、話してしまえばいい」


「だが……」


 嫌な夢を言葉にしたら、本当になってしまうのではないか? 不安が不安を呼ぶレライエの声が震えていた。膝から落ちた時にぶつけた尻を撫でるアムドゥスキアスは、てくてくと短い足で近づく。婚約者の顔をしたから見上げると、ひょいっと羽を広げて膝に舞い降りた。


「これは古代竜に伝わるまじないのひとつだけど、悪い夢を人に話すと効力が薄くなるんだよ。もしレライエが私と共有すれば半分に、この場にいる同僚と分かち合ったらさらに薄くなる。悪意が薄くなれば、きっと良い方向へ向かうから」


「年寄り、みたいだな」


 竜人族の年寄りが、同じような話をする。諭すような口調で、他人の気持ちを軽くするのは長寿の年の功なのだろうか。村にいた頃の懐かしさで呟いたレライエだが、僅かに口元が緩んだ。それを見逃さず、アムドゥスキアスは緑の尻尾を振りながら首をかしげる。


「私はあなたの婚約者で、まだ若いつもりだけどね」


 堪えられずにくすくす笑ったレライエに、どうやら笑わせることに成功したと翡翠竜はへらりと口を開いた。嬉しそうに左右へ振られる尻尾が少女のスカートを揺らす。


「どんな夢だったの?」


 心配そうに声をかけたのは、ルーシアだった。アムドゥスキアスが落ちた時点で目を覚ました彼女は、結った青い髪のほつれた毛先を弄りながら椅子の上で姿勢を正す。両手を揃えて膝の上に置き、話を聞く姿勢を整えたルーシアの向かいで、ルーサルカが伸びをした。


 膝枕した子供を落とさないよう気遣いながら、ルーサルカは背筋を伸ばして手で口元を押さえる。欠伸をかみ殺したらしい。みれば、シトリーも起きたようだ。翡翠竜が転がり落ちた際の小さな悲鳴と、2人の会話が目覚めの原因だった。


「悪夢で悪いが、共有してくれるか?」


 騎士や戦士に憧れた幼少期の影響で、レライエは硬い口調が多い。イポスのように騎士になりたかったというが、リリスを守る立場も気に入っていた。そうでなければ、側近選びを断っただろう。騎士でなくとも、騎士より近い位置で魔王妃を守ることを選んだのだから。


 オレンジ色の髪を解いて手櫛で梳きながら、レライエはぽつぽつと夢の内容を語りだした。


「私は水の中にいたんだ」


 水の中で溺れるでもなく、呼吸が苦しいわけでもない。海底から上を見上げれば、頭上に大きな魚が泳いでいた。魚の大きさは大きなドラゴンほどもあり、悠々と巨体を揺らして進んでいく。その直後、海の水が濁った。何が起きたのかわからないが、魚が通り過ぎた場所から青い水が白く濁り、灰色に汚れ、黒くなって太陽が届かなくなる。


 温度が下がり冷たくなった指先に、焦りが広がった。光がなければ、動けない自分は死んでしまう! そんな奇妙な感覚が実感として身体を支配する。動けないはずがない。自分は竜人族で自由に空を舞う種族なのに、なぜ海底で動けなくなったのか。


 冷たくなった海水はさきほどの包み込むような優しさが嘘のように、荒々しく強い水流を叩きつける。手の指がちぎれ、耳が痛い。目を開けていられずに閉じれば、手首から先がもがれる痛みに声が漏れた。しかし口に流れ込んだ海水が苦くて、熱くて……。


 そこで意識を失ったのだ。恐ろしい夢だった。ありえないのに、現実になるわけないのに……。


 話して俯いたレライエの指が、自分の髪を弄る。結っていたため癖がついた髪で顔を隠したレライエの膝で、翡翠竜は穏やかに指摘した。


「ライ、私の愛する婚約者殿。何を隠しているの? 他にも何か夢にみたんだね?」


 唇を震わせたレライエは、小さく……本当に僅かな動きで頷いた。

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