魔王様、溺愛しすぎです!
744. 失わないための小さな約束
当時、魚を生きたまま送ろうとして調理場に接続して大事件を起こした。あのとき叱られた経験を生かして、今度は転移させる水の量を魔法陣に書き込むことで制御する。
「ここなら平気か」
来客用の風呂場で一番広い場所を選び、海水を転送した。一部魚も転送されたため、中に青や黄色の魚がひらひらと泳ぎ回る。目を輝かせたのはカルンとリリスだった。
「パパ、遊ぶ」
「ああ、いいぞ」
水着に着替えさせたリリスに上着を羽織らせてから、海水を満たした風呂におろした。大喜びのリリスは水を舐めて顔をしかめる。大きなプールと勘違いしたらしい。しかしすぐに魚を追いかけ始めた。
カルンも下着姿になるって飛び込む。カルンの濃くなった肌の色はすぐ戻らなかった。しばらく時間がかかるのだろうか。
気持ちよさそうに泳ぐ姿を確認し、転送で先ほどの半量ほどの海水を取り寄せた。バシャバシャと勢いよくあふれる海水が足りないと判断したのだ。シンプルなワンピース姿のルーサルカが、2人が溺れないよう監視を始めた。万が一の際に水を操れる者が必要だと呼ばれた、青い髪のルーシアに魔法陣を渡す。
「海水が足りなければ、これを使え」
魔法陣を構築したり読み解く力は未熟ながら、複写は得意なルーシアが頷いて受け取った。レライエは外の手伝いに残っている。シトリーが今行っている食事の配給が終わり次第駆け付ける予定だった。
多くの人が残っているから大丈夫だろう。
「悪いが任せる」
ルシファーは魔王だ。陣頭指揮を執るべき立場であり、また魔族で一番の魔力量を誇る存在だった。リリスがいくら心配でも、役割を放り出すことはできず、役目を果たさず目をつむることも出来ない。
廊下で転移する予定で歩き出すが、ぐいっと純白の髪が引っ張られた。ルシファーを呼び止めるためにこんなことが出来るのは、一人しかいない。他の子が同じことをしようとしても、結界を通過できないのだ。振り向くと、泣きそうな顔のリリスがいた。
「リリス、どうした?」
「やだ」
唇を尖らせたリリスに、笑顔を向ける。連れてってもらえると笑顔で手を伸ばすリリスの濡れた黒髪を撫で、水で冷えた彼女に言い聞かせた。
「オレは役目がある。危険だから待ってて欲しい」
「やだぁ!!」
大きな声で否定するリリスは、大急ぎでルシファーに抱き着いた。置き去り作戦に失敗し、天を仰いだルシファーだが、そこで動いたのはルーシアだ。そっと近づいて捕まえた魚を見せた。黄色い魚には青い色の縞模様が入っている。
「リリス様、このお魚……まだたくさんいますよ」
「さかな……」
つられて手を離しかけ、慌てて抱き着いた。こんな仕草を見せたのは、3歳の頃だろうか。ルシファーが仕事で謁見の間に移動すれば泣き叫び、寝かしつけて書類整理を始めればぐずった。だからだろうか、意外と今の成長したリリスが駄々を捏ねても「可愛い」としか思わず、苛立ちはない。
駄々を捏ねる幼女の扱いは慣れている。にっこり笑って、リリスの前に膝をついた。それから取り出した首飾りをリリスにかける。指で首飾りに触れたリリスが、こてりと首を傾げた。
「これを預けるから、取りに来るまで預かってくれるか? 大切なものだからリリスに預けるんだ。仕事が終わったらすぐに顔を見せるよ」
頼りにしている。必要な存在だ。必ずリリスの元へ戻ってくる。約束をいくつも重ねて待つよう頼んだ。幼子の特徴のひとつとして、頼られることを喜ぶものだ。リリスもいつもそうだった。少し待てば、にっこり笑って頷いた。
「すぐもどる?」
「ああ、仕事してご飯までに戻る。膝でご飯食べようか」
「うん!」
今のリリスの精神年齢は3歳前後だから、そのつもりで接するように言い聞かせて廊下に出た。頬に涙が伝うのを乱暴に拭う。
早く魔の森の現状を正さなくては、リリスが壊れる――その恐怖がひしひしとルシファーに押し寄せた。魔の森の最新情報を確認すべく、ルシファーは城内で転移魔法を使う。まるでこの時が来る未来を知っていたように、書き換えた魔法陣は反発せずに転移を許した。
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