魔王様、溺愛しすぎです!
741. 森を食い荒らす害虫
「無事でよかったです。探しました」
「ラウム! 助かったわ、ありがとう」
嬉しそうに婚約者の名を呼んだオレリアが頬を染める。魔王に紹介していないが、魔王軍に所属する夫となる彼は、吸血種特有の魅力的な笑みで頷いた。
「オレリアを守っていただき、ありがとうございました」
目の前の状況を魔力の流れから読み取った青年が頭を下げる。象牙色の肌を持つラウムの茶系の柔らかな髪がさらりと揺れた。温かな色を浮かべて日本人に向き合った直後、すっと手を上げて人族が起こした炎を消火する。
倒された剣士達を無視し、陽炎の向こうへ視線を固定した。人族の数は多い。この場所以外でも戦闘が起きていた。数の多さと繁殖力こそ人族の最大の強みであり、厄介な部分だ。
「オレリア、エルフ達はフェンリルと合流しました。そちらへお送りしましょう」
魔の森の異常事態に気づいた種族は、周辺の弱者を守りながら移動している。散らばっていた魔族はいくつかのコロニーを作りながら、自分たちを守る手立てを取った。本能が発達した魔獣も、他種族を海沿いの地域から逃す手伝いをしながら、徐々に魔王城の方角へ移動している。
「でもっ」
この状態を放置できない。
「魔王軍は現在、散らばって対応に追われていますが、もうすぐ」
「待たせました」
援軍が来ると告げるラウムの言葉を遮る形で、ベールが現れた。近くでアルラウネを回収し終えた魔王軍の巡回に引っ掛かったのだ。避難の指示を終えたベールは、燃えた森を見渡して大きく息を吐いた。
「また人族ですか」
呆れたと言わんばかりの声で嘆き、ベールは無造作に隠れた人族を炙り出す。刃に変えた水を鋭く薄く放ち、燃えた木々の向こう側の数十人を切り裂いた。そこに遠慮や配慮などない。反撃どころか悲鳴まで殺すように血肉を大地に染み込ませた。
焼失した魔の森の代償に、人族の命程度では足りない。補えないが、今の魔の森は魔力を吸い上げることもなかった。迫りくる炎から弱者を守りつつ消火に当たる魔王軍は、次々と魔法による報告を飛ばしながら命令に従い動く。飛んでくる大量の命令に目を通して処理しながら、ベールは転移魔法陣を描いた。
「人族が群れで入り込みました。この一帯の駆除と消火は、魔王軍の管轄とします。避難しなさい」
「は、はい」
頷いたオレリアに微笑みかけたベールは、小さく口元を緩めた。
「大公様が動く状況なのですか?」
驚いたように尋ねるアンナへ、穏やかな口調でベールが説明した。
「あなた方は魔族に入ったばかりですから知らないでしょうが、魔王陛下を含めた貴族は一般の民を守る義務があります。緊急時に民の盾となるのは、大公として当然です」
「さすがです」
もっと魔力量が多ければ魔王軍に入りたかったアベルの呟きに、ベールは魔法陣を地面に描いた。斜め後ろで敬礼した軍服姿のラウムへ声をかける。
「子爵令嬢であるオレリアの保護、ご苦労でした。あなたも彼女らと一度下がるように」
恋人と一緒にいろと一時的な離脱許可を与えたベールに、ラウムは目を見開く。手が足りない今、魔力が多い吸血種を現場から下げる判断は悪手に思えた。
「森を癒そうとしたエルフが傷ついています。保護しなさい。これは命令です」
オレリアの同族は燃える森を守ろうと戦った。彼や彼女らを守ることは軍の仕事の一環だ。そう告げる上司の気遣いに無言で頭を下げる。そのままベールが作った転移魔法陣を使い、日本人3人と婚約者を連れたラウムが魔力を込めた。転移先をハイエルフやフェンリルが避難した地点にしたため、無事に合流しただろう。
自分一人、焼けた魔の森に立つベールは口元に笑みを浮かべて、魔力を高めた。強い敵はいない。ただ数の多い虫にたかられた程度の不快感が彼を苛立たせた。
「人族の愚かさは、身をもって償っていただきましょう」
魔の森の魔力が消える異常事態に、輪をかけて森を焼こうとする。愚かで欲深い種族の滅びを口にしながら、ベールは水と氷で作った刃を振るった。森の木々を避けて人族のみを攻撃する刃が赤い雫となって大地に染みる頃……その場に、もう大公の姿はなかった。
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