魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

738. 城下町から押し寄せる魔族

 騒がしい中庭の騒動は、当然だが城下町へも伝わった。良い噂も、悪い噂も、城下町ならではの情報網に乗って広がる。普段と違うのは、中身が『ただの噂』ではなく、誰もが一言一句変更せずに正確に口伝えしたことだった。


 面白半分に茶化す者はなく、ひそひそと噂は城下町の住人と森からの客人の耳に入った。最初に声を上げたのは、飴細工店の店主だったか? もしかしたらパン屋の女将さんだったかもしれない。彼らは小高い丘に建つ白銀の魔王城を見上げ、手元の道具や荷物をかき集めて動き出した。


「城下町の民がっ! 陛下との対話を要求しております」


 叫んで報告したのは、魔王城の城門を守る衛兵だった。顔色が悪い彼に頷き、すたすたと城門へ向かう。しかし衛兵は慌てた様子で続けた。


「皆が興奮しており、門が破られそうで……危険です」


「なおさら余が行くべきだ」


 危ないからと忠告する衛兵へ、笑顔でわずかに首をかしげる。隣のリリスは状況が理解できないらしく、周囲をきょろきょろと見回す。普段と違い落ち着きのない様子から、何やら雰囲気の違いは受け取っているらしい。


 黒髪を撫でて気を引き、抱っこを強請る少女を横抱きにした。首に手を回す少女を抱いて歩くルシファーへ、アスタロトが声をかける。


「私もご一緒に……」


「貴族達の割り振りがあろう。付き添いは要らぬ」


 この場の収拾に当たれ。そう命じる魔王の表情は、謁見を求める者がいると聞いた時と大差なかった。己の民を相手に危機感など要らない。彼らが不安から暴徒と化したなら宥める。騒動の原因を魔王と判断して退位を求めるなら、それでも構わなかった。


 地位に大した価値はない。


 城門へ集まった民と相対するのは、魔王位に立つ者の役目だった。きっぱりアスタロトの申し出を断り、衛兵を従えて歩き出す。首に手を回したリリスは小さな声で歌を歌っていた。鼻歌に近い、歌詞のないメロディは不思議と落ち着く。


 聞いたことのない曲が終わる頃、城門へ向けてふわりと舞う。即位記念祭の期間中は開けっ放しのはずの門は固く閉ざされ、詰め掛けた人々に押されて悲鳴を上げていた。緊急事態を宣言した時点で、城門は一度閉ざす命令が下される。


 集まったのは獣人やドラゴン種、エルフや小人のような人型の種族、魔獣や鱗がある種族に至るまで、多種多様だった。町に住む者はもちろん、祭りに集まった沼地や森に住まう魔族も駆けつけたらしい。


 城門の上に魔王が立てば、すぐに気づいた人々が口々に彼を呼んだ。


「魔王陛下だ!」


「魔王様!」


 あちこちから上がる声がさざ波の様に大地を震わせる。ひとつ瞬きして気持ちを落ち着けたルシファーは、穏やかな笑みを浮かべて首をかしげた。正装用に結い上げた髪が揺れ、しゃらんと飾り簪が涼しげに鳴る。思わず見惚れた魔族が感嘆の息をついた。


「余に用があると聞いた、順に申してみよ」


 仕事の口調を崩さず、抱き上げたリリスを脅かさぬように声を抑える。しかし魔力に乗せた声は、集まった人々にあまねく届いた。


「あの、いいですか?」


 手前で大量の魔族に潰されないよう踏ん張る熊獣人が声を絞り出す。苦しそうなので、全体に半歩ずつ後ろに下がるよう命じると、ようやく人々が落ち着いて状況を確認し始めた。足を踏まれたり背中を押された程度のトラブルはあったものの、ケガ人はなさそうだ。


「ああ」


 ルシファーが頷くと、背に広げていた4枚の翼を畳んだ。熊獣人は丁寧に名乗ってから、要望を口にする。それはルシファーが予想していた話と真逆だった。


「魔の森に異常が出てるって、聞きました。おれらも協力させてもらいたいんです」

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