魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

733. 魔の森の異常事態

 慌て過ぎて、ドレスの裾に躓いたベルゼビュートが、乱れた髪をかき上げながら肩で息をする。昼間のうちに領地へ一度戻る予定だったが、転移した中庭から走ってきたのだろう。ヒールの高い靴を引っ掛けたドレスを乱暴に引っ張った。


「魔力が喪失して! 魔の森が……枯れていますの!!」


「「は?」」


「なにそれ」


 ハモったアスタロトとルシファー、続いてルキフェルが声をあげた。理解が追いつかず、顔を見合わせる。


 魔の森が枯れる事象は稀にだが起こる。原因は火事や人族による伐採などが多かった。木々が枯れると周囲の魔力を強制徴収して復活する。それこそが魔の森の由来だった。魔力を喰らう森であり、魔族を生み出す森――それが魔の森だ。


 精霊女王である彼女が理解していないわけがない。魔の森が大きく損なわれたのは、最近だとリリスが死にかけて、ルシファーが世界から魔力をかき集めた時くらいか。


 世界を維持する魔力を流出させた魔法陣も消し去り、今の魔の森は安定しているはずだ。事実、魔力が足りているから人狼が復活したのだろう。リリスを今の少女に成長させたのも、森の魔力が満ちたことを意味した。


「枯れると困るの?」


 驚くようなことを言うリリスに、顔を見合わせた3人と飛び込んだ1人が凝視した。アデーレも準備中のドレスを手に固まっている。


「リリス?」


 魔の森の子供であり分身であるリリスが、なぜそんな発言をするのだろう。全員の意見が一致するが、ルキフェルが焦った様子でリリスに駆け寄った。首をかしげる黒髪の少女の額にそっと手を触れ、次に手を取って顔を覗き込む。


「……リリスが、冷たい?」


 呆然としたルキフェルが漏らした声に、焦ったルシファーが立ち上がる。装着予定のお飾りが幾つか落ちるが、無視してリリスの前に歩み寄った。大急ぎで膝をつく。正装のローブが床に触れた。


 リリスの顔色は悪くない。普段と同じ透き通るように白い肌をしていた。黒髪も赤い瞳もいつもと変わらなく思える。


 ルキフェルが触れていた手を受けると、ひやりと冷たかった。氷を掴んでいたように冷えた指先、きょとんとした顔のリリスは自分からルシファーの肌に手を伸ばす。


「っ……」


 驚くほど冷たい指先が頬を滑り、リリスは目を見開いた。


「ルシファーもロキちゃんも熱があるわ」


 彼女が勘違いするのも無理はない。これだけ末端が冷えていたら、ルシファー達の肌は熱く感じられるだろう。ルキフェルと同じように頬や額に触れるが、指先ほどは冷たくない。


「な、なに? どうしたのよ」


 怖くなったのか、困惑した様子で見回すベルゼビュートが駆け寄った。しかしアスタロトに止められる。首を横に振るアスタロトの行為に、今はルキフェルやルシファーに任せるのがいいと判断し、ベルゼビュートはひとつ溜め息を吐いた。


 それから部屋に部外者がいた事に気付く。今更ながら小声になり、アスタロトに状況を説明する。


 領地の精霊達を今夜の星降り祭りに同行させるため、休みを取って森の奥へ戻った。ところが迎えに出る精霊はほとんどなく、姿も薄くなり消えそうだった。慌てて触れた精霊に魔力を注いで応急処置を行いながら顔を上げると、正面の森が枯れ行くのが見える。


 いわゆる立ち枯れとは違う。見た目は緑の木々が存在しているのに、中身が消えたように魔力が消失して、ただの樹木へ変貌していく。語りかけても木々はなにも応えず、まるで命がない幻影のようだった。


 恐ろしさに精霊をかき集めて転移した。己の魔力が届く範囲を魔法陣で固定して中庭へ送った精霊は、あの森に棲まう数の半数にも及ばない。


「あたくしだけでは魔力が足りないの! 魔王軍か大公の派遣を、精霊女王の名において緊急要請するわ。あたくしの精霊たみを助けて!」


 泣きそうな声で大公としての権限を口にしたベルゼビュートは、ひゅうと喉を鳴らして大きく吸い込んだ息を吐いた。魔力を使い過ぎて青ざめた顔色で、ふらふらと立ち上がる。


「ベルゼビュート、今は動かない方が」


「精霊達を癒さないと……あの子達にはあたくししか頼る相手がいないのよ」


 ぽろりと涙をこぼし、止めたアスタロトの手を振り払う。背筋を伸ばし、乱れた巻き毛を揺らして歩き出した。その背中に滲んだ想いが、形となって見える気がする。女王の責任を果たそうとするベルゼビュートは、重い身体を引きずって中庭へ向かった。

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