魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

723. 信じる? あ、無理!

 右手を一振りしたアスタロトの爪が、10cmほど伸びる。吸血種族が好んで使う武器で、爪を剣の様に鋭く研ぎ澄ましたものだ。文字通り己の手の延長となる武器の利点は、その使い勝手の良さだった。5本の爪はばらばらに使えるうえ、己の指先ひとつで角度も変更できる。


 暗殺に向いた爪だが、魔力により強化されることで折れにくく強い。


「ベールといい、今年はずいぶん気合をいれたな」


「今回はですから」


 8万年の長き年月を経て、ようやく得られた魔王妃をお披露目するイベントが控えている。魔王だけでなく、侍る大公の力を見せつける必要があると考えた。10年後には魔王妃とその側近が新たな勢力として、魔王の治世を支える意思を示す。


 大公が魔族に力を知らしめるイベントとしては、この勝ち抜き戦が最高の見せ場だった。先を見据えたアスタロトの言葉に、なるほどとルシファーも納得する。珍しく力を入れた手合わせだと思ったが、次回は4人の少女達に見せ場を譲るつもりなのだ。


「ならば、存分に戦うか」


「はい」


 軍服だったベールと違い、アスタロトは正装のままだ。ひらひらとした長いローブをそのままに、ゆったりと一礼した。会釈で応じたルシファーは、右手に扇を取り出す。素手で応じてもいいのだが、以前にあの爪で突き刺された記憶がよみがえった。


 あれは確か、仕事をさぼって逃げたとき……いや、もしかしたら視察の最中に悪戯がバレて追い回されたときだったか。正解はどちらも突き刺されたのだが、痛みと恐怖から記憶を曖昧にして誤魔化すルシファーである。


「懐かしいですね」


 切りかかってくる最初の一声がコレは、どうなのか。扇の骨部分ではじきながら、ルシファーは数歩引いた。以前に戦った時、あの爪は伸びた。防いだとドヤ顔したルシファーへ、ぐにょんと伸びた爪を突き立てた記憶がよぎり、アスタロトは納得した様子で微笑みかける。


「今回は模擬戦ですから、爪を伸ばしませんよ」


「……信じられたら良いんだが」


 無理だ――戦闘に興じる吸血鬼王の言葉ほど軽い物はない。ある意味吹けば飛ぶ軽さなのだ。前言撤回は突然行われ、行動の後に言葉が追いかけてくることも少なくなかった。過去の痛みを教訓に、ルシファーは目の前に突き出された爪を左へ受け流す。


「おや、部下を信頼できませんか?」


「信用も信頼も……戦闘がらみは無理」


 即答で切り捨て、左から薙ぎ払う動きを見せたアスタロトの踏み込みをかわした。踏み込んだ勢いを利用し、足を払おうとしたアスタロトに対し、ルシファーは翼と魔力で空中に逃げる。ついに空中戦が始まると期待を滲ませる民の声に応え、アスタロトも背に羽を出した。


 蝙蝠の黒い羽が影を作ると、ルシファーが扇を広げる。防御から攻撃に移ると示し、ふわりと風を仰いだ。その風に紛れさせた刃を、キンと硬い音でアスタロトの爪が切り裂く。きらきらと破片をまき散らす魔法による攻撃が無効化され、ルシファーの口元が歪んだ。


「次はこちらだ」


 背の翼をたたむように縦にして着地し、足が地を蹴った。ぶわっと土ぼこりが巻き起こされた勢いのまま、ルシファーの髪がさらりと流れる。結った髪の一部に爪が触れて切り裂かれ、足元に舞い散った。ルキフェルがすぐに回収用の魔法陣を作成して放り投げる。


 風に舞って紛失したら一大事だ。手際のいいルキフェルの横で、ベルゼビュートが不機嫌そうな声で文句を並べる。


「ねえ、私が剣を使ったから爪なの? だったら鞭にすれば良かったわ」


「似合いすぎるのでやめてください」


 真似をする子が出たらどうするんですか。数十回前の勝ち抜き戦で、ベルゼビュートは武器に鞭を選んだが……その姿が似合いすぎて、しばらく一部の夫婦や子供の間で流行ったのだ。あのカオスな光景をもう見たくないとベールがぼやいた。

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