魔王様、溺愛しすぎです!
719. 魔法陣が輝く2戦目
子供の姿をしていた頃から変わらぬ、好戦的な色を残した笑顔の口元が弧を描いた。ルシファーも己の結界を視覚化するために、足元へ魔法陣をひとつ用意する。筒状に光が躍る結界の中に魔力が満たされ、純白の長い髪がふわりと躍った。
水の中に佇んでいるような幻想的な光景が広がる。
「行くよ」
呟いたルキフェルが乾いた唇をぺろりと舐め、空中に弓を取りだした。ここにきて武器を使うと思わなかったのか、僅かにルシファーが目を見開く。矢を用意せずに弓の弦を引くルキフェルの手元に、魔法陣がひとつ引き寄せられた。
強く引き絞った弦を放つと、魔法陣が鋭い三角錐の形となり加速する。矢の代わりに魔法陣を使うアイディアは斬新で、ルシファーは右手を掲げて効果を打ち消すための魔法陣を描いた。
火の魔法陣に水の魔法陣をぶつけて効果を消すなら、それは上書きとなる。しかしルシファーが使ったのは、見た目はそっくりの魔法陣だった。鏡文字となった魔法陣をぴたりと重ねて消滅させる。精度もさることながら、相手の魔法陣を読み解いて重ねる高度な技術が必要だった。
気づいた者から感嘆の声があがり、わからなかった者は周囲に教えを乞う。説明の声がざわめきながら広がる中、リリスは身を乗り出して「ほぅ」と吐息を漏らした。
「私には無理ね。魔法陣の仕組みがよくわからないのよ」
込められた魔法が対消滅したのは理解できた。魔力の流れのスムーズさも、柔らかな魔法同士の衝突も見える。だが、同じことはできない。魔法陣を極めた2人だから行える、一種のデモンストレーションだった。
大公勝ち抜き戦の意義は、大きく分けて2つある。技術の粋を凝らした上位者の戦いを見ることで、民の学ぶ意欲を掻き立てること。圧倒的な力を見せつけ、不要な争いを防ぐこと。どちらも重要だが、今の魔法陣を重ねる技術は「頑張れば魔法陣はここまで極められる」と示していた。
最上級の技術を目の当たりにした民から、歓声が上がる。
残る魔法陣を3つまとめて弓で放てば、火に水を当てて水蒸気が周囲を包んだ。わかりやすく派手な方法で打ち消したルシファーが風で蒸気を上空へ飛ばすと、魔法陣を両手に乗せたルキフェルが距離を詰めている。
目の前に迫ったルキフェルの右手の魔法陣が、甲高い音で砕けた。指先で描いた古代文字で消滅させたルシファーが、軽く首をかしげる。左も同じように砕けるはずが、効果が出なかったのだ。まったく違う技術を使って魔法陣を変質させたルキフェルが会心の笑みを浮かべた。
「これは、難しいよ」
えいっと放り投げた左の魔法陣が空で数十倍に広がった。星座の様に絵が浮かび上がった魔法陣を読み解き、ルシファーが「これは見事」と褒める。手元に作り出した炎を中央に当てると、花火の様に派手に空を彩った。
砕けながら小さな花を降らせた魔法陣が消滅し、残った魔法陣も飴や焼き菓子を降らせて終わった。半分以上が仕掛け花火のような魔法陣での戦いを終えると、ルキフェルは優雅に一礼する。
「僕はこれでおしまい。降参です」
わっと拍手が沸き起こった。
「すごい!!」
「これは真似できない」
歓声に交じる声に手を振って応え、簪をさした水色の髪を指先でいじりながら照れるルキフェルが辞す。駆け足で戻ったルキフェルが、後ろで待つベールに抱き着いた。思ったよりうまくいったと興奮気味に話す青年の髪を撫でながら、ベールが何度も頷く。
「ルキフェル大公閣下は竜族だから、拳で戦うかと思ったが」
レライエの指摘に、リリスは首を傾げた。
「そう? いつも魔法陣を研究してるから彼らしいけれど……そうね、ドラゴンは力で戦う人が主流なのですもの。意外かもしれないわ」
幼い外見の頃も、今も、リリスの中でルキフェルは研究に没頭する子供の印象がある。他人から見える角度が違うことに、今更ながら気づいて顔を上げた。目があったルシファーへ手を振り、こてりと首を横に倒す。
「もしかして、ルシファーも人によって違う感じに見えるのかしら」
「今度、他の3人も交えて印象の違いを話してみたらどうだろう」
レライエの提案に「素敵ね」とリリスは思いをはせた。自分には優しくて頼もしい面しか見せたがらない魔王は、他の人からみた別の顔を持っているとしたら――そのすべてを手に入れたい。欲深いことを考えながら、リリスはもう一度ルシファーへ手を振った。
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