魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

710. 波乱につぐ波乱の予感

 夜になっても中庭はもちろん、城門付近も騒がしい。恒例行事なので、疲れた者は遮音結界が張られた部屋で順次休むよう手配されていた。長丁場の祭りなので、侍従や関係者の休憩は必須だ。


 侍従を下がらせた私室で、リリスは黒髪を梳いてもらっていた。鼻歌まじりでご機嫌なルシファーが、エルフお手製の柘植櫛で丁寧に髪をほぐす。自分の髪の手入れは魔法で済ませるくせに、リリスの黒髪は手をかけてきた。櫛に染み込ませた椿油のおかげで、美しい艶が輪になって浮かぶ。


 手入れの終わった髪を緩やかに流したリリスは、毛先を摘まんで尋ねた。


「長くなったけれど、切った方がいいかしら」


「え、嫌だ。長いままにしよう。髪の手入れはオレがするから、ね?」


 絶対に切らせたくないと全力で訴えるルシファーを振り返り、リリスは「わかったわ」と頷いた。ルシファーが蕾を選んだあの日、突然成長した身体は森の中にあった。足首近くまで届く長い黒髪は、白い肌を守るように張り付く。魔の森が魔力を注いだ器は、成長すべき年数分だけ髪や爪を伸ばした。


 探しに来たシトリー達と戻る前に、爪は邪魔で切り落としたけれど……髪はそのままにした。ひざ下まで伸びたルシファーの髪の記憶がよぎり、切らずにおこうと思ったのが懐かしい。


「少しだけ毛先を整えてね」


「もちろん、綺麗に揃えるから安心して」


 自らの髪も切るルシファーは、手慣れた様子で毛先を数センチ切り落とした。収納から取り出した宝石箱に、黒髪の毛先を丁寧にしまう。爪は普段から切らずにやすりで削るため、髪や歯など形が残るものはルシファーが管理していた。


「これでよし」


 魔力の高い者の一部は、魔術の媒体となる。ルシファーも大公達もきちんと管理するし、少女達もその点は勉強過程で教え込まれた。過去にルシファーの髪を使った魔術で犠牲者が出た事件があり、神経質すぎるほど気を使っている。


「ねえ、カルンはどうするの?」


「海から来たのはわかったが、後で一緒に海へ行って調査かな。カルンの言葉が足りなくて、状況がよくわからない」


 このまま魔王城に住まわせても構わないと考えるルシファーだが、大公を含めた他の貴族が納得しないだろう。新しい種族ならば、仲間の有無を含めて調べなければならない。魔族として認める議決を取るための資料が必要なのだ。


 一番早いのは海まで出かけて、カルンがいた環境を確認することだろう。どちらにしても即位記念祭が終わるまで無理だった。


「お祭りが終わったら、一緒に行きましょうね」


 梳いてもらった黒髪を右肩に流したお姫様に手を貸してベッドに移動しながら、ルシファーは笑顔で頷いた。視察ならば仕事として同行すればいい。


「そうだな、アスタロト達に調整してもらおう」


「あ、アシュタは大丈夫?」


「ん?」


 何を心配しているのかと首を傾げたルシファーへ、リリスは懸念を伝える。


「カルンはルカをお嫁さんにしたいのよ。義父がアシュタじゃない? 簡単に許してくれなさそうよ」


「そんなに心配しなくても、アデーレを味方につけたら勝てるさ」


 自分もそれで切り抜けたことがある。ルシファーの予想に「それもそうね」と頷いたリリスを、抱き上げてシーツの上に下す。隣に滑り込んだルシファーの腕を枕に、リリスは手で欠伸を隠した。


「もうおやすみ。明日も朝からお祭り巡りだぞ」


 城下町へ降りる予定を伝えれば、お姫様は愛らしい顔で頷く。そのまま赤い瞳を閉じた。彼女の寝顔を堪能しながらルシファーが眠りについた頃、中庭ではひとつの騒動が起きていた。


「仕方ありません。ルシファー様をお呼びしましょう」


 決断したアスタロトが足早に城内へ向かう。ルキフェルが仕掛けた即位記念祭用の魔法陣は、事前に登録した魔力以外は通過できない。後ろについた貴族が数人はじき出され、廊下に入ったアスタロトは一息ついた。


 城内は遮音結界でかなり静かだ。夜の落ち着いた雰囲気を台無しにする喧騒から逃れた側近は、眠りについたばかりの魔王を呼び出すべく階段へ向かった。

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