魔王様、溺愛しすぎです!
709. せめて襷は外したら?
魔獣達は獣人と一緒にほぼ生の肉を頬張り、こんがりと焼いたウェルダンが好きなドワーフ達が酒を片手に大騒ぎする。ドワーフの肉は焼きすぎて表面が炭だが、酔っ払いは気にせず齧り付いた。吸血種が生肉の血抜きを担当し、塊肉を豪快に転がすドラゴンが一口で平らげる。
エルフ達を含めた大半の種族はミディアムからレアの間を好むため、こちらは焼けたそばから皆が持ち去る。忙しく焼く当番をこなしながら、ベルゼビュートが溜め息を吐いた。
「食べてる暇がないわ」
「交代しよう」
「あら、お願いしますわ」
ルシファーの申し出に、にっこり笑って額の汗を拭う。この即位記念祭では、上位貴族ほど積極的に役目をこなすのが通例だった。肉をひっくり返し、ソースを作り、民に配って回る……いわゆる雑用を担当するため、魔王であっても襷姿で肉を焼くのだ。
かなり回数をこなしただけあって、ルシファーの手つきは慣れが感じられる。何度もひっくり返すと味が落ちるため、じっくり表面を炙ってから焦げ目を確認して返した。
「あ、魔王様じゃないっすか」
「アベルか」
「偉い人でもそういうの、するんですね」
どこかで酒を飲まされたらしく、真っ赤な顔でげらげら笑いながら登場した元勇者は、焼いた鳥肉の足を受け取って豪快に齧った。さすがに鳥肉はじっくり弱火で火を通した。香り付のハーブを大量に運んできたエルフが、こそっと教えてくれた。
「さっき、ドワーフに捕まってワインを2本ほど飲まされてましたわ」
「単位が杯ではなく本か」
苦笑いして頷く。道理でご機嫌なはずだ。後ろから近づいたイザヤがアベルに声をかけた。アンナと一緒に祭りを回っていたところ、酔っ払いの後輩を発見して追ってきたのだ。面倒見の良さは変わらない。
「おい、もう酒はやめておけ」
「冗談でしょ。せっかくの祭りっすよ」
まだ飲める。酔っ払いらしい口上を述べた勇者へ、聖女は冷たい声でぐさりと口撃を仕掛けた。
「酒乱はモテないわよ」
アンナが突き放すと、途端に顔色が青くなった。口撃はクリーンヒット、一番痛いところに刺さったらしい。
「……彼女、欲しい。寂しいんだぞ……くそっ、僕を慰めてくれる彼女……嫁でもいい」
ぐしぐし泣いて面倒臭い状態になったアベルは、イザヤとアンナに叱られながら回収された。明日は二日酔いだろう。せっかく多くの魔族が集まっているのだ。思い合う恋人が見つかればいいが……。
「アベルは理想が高いのではなくて?」
リリスが鋭い指摘をする。今までの恋人候補や惚れた相手を思いうかべ、否定できないルシファーが唸った。
「恋人がいない時間が長いほど、理想は高くなるというが」
人に聞いた話だと前置いて、そう呟いてみる。するとリリスはきょとんとした顔で見上げ、首をかしげて腕を組む。何やら考え込んだあと、ようやく口を開いた。
「……その理屈だと、ルシファーの理想はとんでもないレベルよ。私、追いつけそうにないわ」
生まれて8万年以上、恋人という存在を作らなかった魔王の理想は、どこまで高いのか――そんなリリスの言葉に、周囲の魔族は微笑んだ。
「リリス姫が理想そのものではありませんか」
「確かに理想は高く、現実の女性は理想より素敵な方ですわ」
「自覚がないのは凄いです」
感心半分、呆れ半分の意見が次々と寄せられた。彼らの声はやがて囃立てる響きを帯びていく。
「ほら、陛下。ちゃんと告白しないと!」
「姫様が不安がりますから」
引けない雰囲気に後押しされ、ルシファーはリリスの手を握って膝をついた。芝の上に白い髪が散らばる。
「好きだぞ、リリス。オレの理想のお姫様だ。ずっと側にいてくれ」
簡単だが真っ直ぐな言葉に、リリスは嬉しそうに頬を染めた。魔法陣を変更して戻ったルキフェルは、呆れ顔で肩をすくめる。
「告白するなら、襷は外せばいいのに」
言われなければわからなかった。そんな指摘に、周囲は大笑いを始め、この時点で素面の人の方が少ないのだと気づく。酔っ払いに絡まれながら、再び肉を焼き始めるルシファー、揶揄われる言葉に照れるリリス。
平和な焼き肉会場は、ゆっくりと日が暮れて深夜に酔っ払いが潰れて眠るまで……その賑わいが消えることはなかった。
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