魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

705. 複雑に絡まる糸はやがて

 歩くルーサルカは、途中でルーシアの手を解いて駆け出した。心配したと言いながら抱き寄せれば、カルンは驚いたように目を見開く。子供は目の比率が大きく、溢れそうな大きい紫の瞳が瞬いた。芝の上に膝をついたルーサルカに、カルンは不思議そうに問い返す。


「心配?」


「そうよ。勝手にいなくなってはダメ。探すでしょう?」


「探す」


 繰り返した単語を噛み砕く子供は、しばらくして頷いた。アベルは事情を知らないらしく「迷子じゃないのか」と肩を竦める。


 城下町に購入した家から魔王城まで歩いてきたところ、狩りの獲物を振る舞う焼き肉が行われると聞いた。きょろきょろしながら歩く子供を見つけたので、城門前に届けるつもりだったのだ。魔族が子供を大事にする種族だと知っているから、アベルは心配したのだろう。


 平和に生きてきた異世界人だからなのか、アベル達召喚者は自らを『日本人』と名乗り、人族らしからぬ穏やかさを見せる。偶然出会った子供を保護しようとするのは、この世界の人族なら考えられない対応だった。


「助かりました、アベル」


「いえ。僕も城門前の焼き肉を手伝おうと思ったので、ちょうど良かったです」


 無関係な勇者を笑顔で追い払ったアスタロトは、カルンの様子を観察する。相変わらず裸足で出歩くカルンの服は、昨夜ルーサルカが与えたらしい。アデーレが子供服を引っ張り出して渡したのだろう。


「カルン、ご飯を食べにいきましょう」


 ルーサルカが差し出す手に素直に手を置く。繋いだ手に引っ張られながら、服を引きずって城門方向へ向かった。


 心配そうなルーシアが追いついた頃、監視しながら後ろについたアスタロトが複数の魔力に気付く。空中を移動する群れは大規模で、この時期に魔王城の上を飛ぶのはワイバーンだ。かつて魔王妃候補の幼女を拐った群れは討伐されたが、ワイバーン自体は滅びていない。


 あっという間に距離を縮めた群れは、激しい声で威嚇しながら飛んでいく。風物詩であるワイバーンの大移動に、リリスは手を叩いて喜んだ。


「見て、大きな群れね」


「覚えてるか? 前回の即位記念祭でワイバーンに誘拐されただろう」


「誘拐? そうだったかしら。でもルシファー以外の誰かと空を飛んだわ」


「楽しい記憶になってるならいいよ」


 必死に追いかけて追撃したことも、彼らの巣から落ちかけた記憶もないリリスへ、ルシファーは曖昧に誤魔化した。あの後、赤と黒のサーペントに苦戦したり、幼女に見せられないほど残酷な振る舞いをした現実も……覚えていない方がいい。


 にっこり笑うルシファーへ、リリスは首をかしげた。幼い頃の記憶は多少薄れている。それでも覚えていることの方が多かった。


 アスタロトの沈黙の森で、放ったワイバーンを狩った惨状もきちんと覚えている。だがルシファーが言わないなら、言及しない方がいいだろう。黒髪を揺らす悪戯な風に苦笑し、リリスは揺れる銀鎖を手で押さえた。


「きゃぁああ!!」


 突然の甲高い悲鳴は、ワイバーンの羽音が少し遠くなる頃に響いた。


「敵襲か?!」


 人族はかなり狩ったが、それでも襲撃される可能性はゼロではない。咄嗟に結界で城門周辺の民を守るルシファーに、解体作業を手伝っていたベルゼビュートが駆け寄る。


「様子を見てこよう」


「結界をお預かりしますわ」


「頼む」


 範囲を確定して魔法陣ごとベルゼビュートに渡す。防御に関して、大公の中で一番力を発揮するのは彼女だ。他の3人は防御より攻撃に特化していた。


 解体作業で血塗れになった両手を、ベルゼビュートは瞬きほどの時間で浄化する。代わりに愛用の剣を手にした。戦闘準備が整った彼女は、民に声をかけて一時的に城門近くへ下がるよう呼びかける。


 城門は鳳凰アラエルがいる。鳳凰の治癒が届く範囲内にいれば、いざという時死なずに済むからだ。事情を察した魔族は顔を見合わせ、すぐにベルゼビュートの言葉に従った。


 ルシファーの腕にしがみついたリリスが、心配そうな子供達に手を振る。笑顔の魔王妃に安心したのか、子供達も手を振り返した。


 近距離の転移を行ったルシファーは、その場の光景に目を見開き、息を飲んだ。

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