魔王様、溺愛しすぎです!
694. 子供、みつけたわ!!
それでも城勤めなので歩き方は綺麗だ。訓練された人々の動きはてきぱきしていて、多少の憧れを持ってルーサルカは息をついた。今のところ子供の姿は見ていない。目的の子供の外見をもう一度思い浮かべた。
濃い紫系の堅い髪、同じ色の瞳、ピンク系の淡い肌色、年齢5歳前後で、角や翼はなし。水かきがあって、鱗は見えなかった……ふっと目の前を小柄な人影がよぎった。
「え?!」
壁の一部のように立っていたルーサルカは慌てて身を起こした。聞いていた姿より少し年齢が上だけれど、他の特徴はほぼ当てはまる。大急ぎで近づくが、グラスを抱えたコボルトを避けたため離れてしまう。
「そこの子、ちょっと待って!!」
声をかけると、侍従達を含めた全員が足を止めた。周囲につられて、子供も足を止める。大急ぎで近づき、膝をついて目線を合わせた。
「ありがとうね、あなたに聞きたいことがあるの。良ければ一緒にお茶でもいかが?」
ルーサルカの行動を見て、関係ないと判断した侍女達がまた動き出した。首をかしげる子供は、なぜか手にサンダルを持っている。リリスやイポス、義母アデーレの話だと裸足だから履かせたらしい。しかしもらったサンダルをぶらさげて、子供はまた裸足で歩いていた。
「……お茶?」
「そうよ。お菓子もでるわ。何か希望はある?」
「……甘い」
甘いものが好きなのだろう。微笑んで頷けば、子供は嬉しそうに笑った。無表情に近い硬い表情が崩れると、途端に幼さを感じる。今なら5歳でもおかしくなかった。さきほどの冷たい無機物のような顔では、8歳前後に見えるのだ。
手を下から差し伸べ、相手が触れるのを待つ。勝手に他人の肌に触れてはいけない。無断で相手の領域に侵入しない。魔族が親から教わる初歩的なルールだった。多種多様な種族がいるため、触れるには相手の許可がいるのだ。
たとえば、水の精霊に火龍が触れると相手を傷つける。ガギエルは鱗を持つが泳げないし、水が苦手だ。アルラウネは繁殖期以外で葉に触れられるのを嫌う――など。様々な特徴があった。
「触っても平気かしら。私は獣人系なのだけれど、あなたはどちらの種族?」
先に己の種族を名乗るのは、礼儀作法の一部だ。リリスの側近となるために覚えたあれこれは、彼女の行動の基本部分となっていた。リリスが行うように笑顔で、アデーレが教えてくれた注意事項を守って、ルシファーが示したように寛大に。
お手本を見逃さず、当たり前に動けるよう身に着けるまで努力したルーサルカは、子供の出方を根気強く待った。
「……触る、いい。海の中にいた」
言葉があまり得意ではない様子で、迷いながら片言で説明してくれる。しかし説明自体は一生懸命だった。微笑んで頷いたルーサルカが肌を触れさせると、ひんやりと冷たい。そのまま握りしめて、立ち上がって軽く引いた。
「お名前を聞いてもいいかしら。私はルーサルカというの。ルカと呼んでね」
ルカと口の中で繰り返した子供は、困惑した顔で見上げてきた。
「名前、ない」
「うん? そうなの?」
意外過ぎる答えに上手に切り返せず、ルーサルカは言葉に詰まる。こういうとき、魔王陛下やリリス様なら「素敵な名前をつけましょうか」とでも切り返しただろうか。自分の言葉として考えるより、あの2人が言いそうなセリフを思い浮かべて、手をつないだ子供にかけた。
「ならば、私のお友達とお茶をする間に、素敵な名前を考えましょうね」
「わかった」
素直についてくる子供と歩きながら、ルーサルカはすれ違った侍女に「大公か姫の側近を見たら、執務室へ戻るよう」伝言を頼んだ。彼女達は仕事の間にすれ違う同僚に伝言を伝えながら、あっという間に城内を網羅してしまう。義父アスタロトに教わった侍女の使い方を実践しながら、執務室へ足を向けた。
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