魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

681. 呪われる必要あった?

 すたすた歩くグループと、腰の引けたグループに分かれ、階段を上り切った先を曲がる。跡形もないドアがあった場所を潜り、室内を見回した。


「何もいないな」


「……ルシファー、呪いの装備は?」


 装備し忘れてるわ。呆れ顔のリリスに、慌てて即死の呪いをつけられた王冠をひとつ頭に乗せた。割と最近の呪いだが、効果は抜群の逸品だ。


「これでよしと。彼女はいた?」


「いないわ。やっぱり還ったのね」


 がっかりした様子のリリスが呟くと、幽霊が苦手なアベルはほっとして胸を撫で下ろす。得体の知れないものは苦手なルーサルカ、ルーシア、シトリーも表情を和らげた。


 逆に尻尾のない翡翠竜を抱いたレライエは、しょんぼりと肩を落とす。イザヤとアンナも室内をぐるりと確かめて「いない」と顔を曇らせた。


「そこまで望まれてるなら」


 耳に心地よい女性の声がして、全員が一斉に目を凝らした。すこし目を細めて、透かすように見つめる先に髪の長い女性がいる。肩から先がぼやけているため、翼は確認できなかった。


 驚いて壺を落としかけたルーシアがしゃがみ、腰の抜けたルーサルカがしがみつく。スカートから覗く白茶の狐尻尾は、普段の倍以上に膨らんでいた。


「ハルピュイア、でしょうか」


 特徴的な翼の手がなくとも、耳が小鳥の羽の女性は頷いた。ふわふわと漂う白い靄は、遠い時の方が形を保って見える。近づくほどに透き通って形は不安定になった。


「出てきてくれてありがとう」


 笑顔のリリスが会釈すると、靄は揺れながら形を保とうとする。じっと見ていたルシファーが、右手を靄の中に入れた。そこで魔力をすこし流せば、形が整う。


「ルシファー、いま魔力流した? どのくらい? どうやった?」


 研究熱心なルキフェルはノート片手に、矢継ぎ早に質問を繰り出した。思わず気圧されて後ずさったルシファーは「あとでな」と答えるのが精一杯だ。


 鮮明になった女性は、物静かな雰囲気の人だった。美しく儚い感じで、守ってあげたくなるタイプだ。


「呪いの正体を、残留思念に魔力が絡んだものと仮定する。失われた魔力をルシファーが補ったから、姿が鮮明になったのかも……」


「幽霊の原理も同じかしら」


 アンナが一緒になって、ルキフェルと知識の交換が始まる。あれこれと話は盛り上がり、イザヤを巻き込んで話は壮大に膨らんでいった。


 なお、ここから派生したお化け屋敷が、魔王城の観光資源として大金を稼ぐのは数年後である。


「あなたは、ハルピュイアなのですか?」


 ベールの質問に、女性は首を横に振った。


「最後の持ち主の姿を真似ただけなの。私に姿はないわ。あまりにも強い願いだけが、こうして残ってしまった」


 悲しそうな彼女に、リリスはしゃらんと銀鎖を揺らして尋ねる。その声も仕草も、包み込むように優しかった。ルシファーと右腕を絡めたまま、左手を差し伸べる。


「願いを叶えたいのね。何を願ったの?」


「――あの下衆な男に汚されたなんて、夫に知られたくない」


 水浴びをしていた妻を襲った不幸。下劣な男に触れられ、汚されたと嘆き……彼女の嘆きは嵌めていた指輪に宿った。魔力と強すぎる想いが引き起こした呪いに、リリスは頷く。何も言わずに頷いたあと、赤い瞳を女性に向けた。


「分かったわ。魔王妃リリスの名において、あなたの秘密を封印します。だから、もう自由になっていいのよ」


 不安そうに見回す女性へ、全員がただ頷いた。誰も何も言わない。これこそが答えだった。腰を抜かしたルーサルカ達も縦に首を振る。


「安心しておやすみなさい」


 泣きながら微笑んだ女性は、徐々に薄くなって消えた。満足そうな彼女がいなくなり、部屋には生きた者達が残される。


「よかったな」


 リリスの黒髪にキスを落とすルシファーが声をかけると、お姫様は嬉しそうに笑った。


「ねえ、呪われてまで見る必要あった?」


 尻尾が消えた翡翠竜の率直な質問に、半数は同意し、残りは猛反発したが……夜まで続く論争は、夕餉の時間になったことでお開きとなった。

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