魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

672. 逃げろと言われたら行くだろ

 アベルはきちんと伝言役を果たした。それは見事に役目を果たしたと言えよう。しかし従うかどうかは――魔王様次第なのだ。人族のお偉いさんなら素直に逃げただろう。ルシファーは手を伸ばして、リリスを引き寄せる。ぎゅっと抱きしめた後、そのまま窓の外へ飛び出した。


 背に4枚の黒い翼を広げて飛び出した彼の姿は、配下の避難勧告に従ったように見えた。実際は真逆で、そのまま上の階に飛び込む。アベルを放り出すのに使われた、開いたままの窓から中に踏み入った。


「大丈夫か!?」


「なっ!! 逃げるように言ったでしょう!!」


「何をしておられるのですか! 陛下」


 口々に怒鳴られ、むっとして口を尖らせる。あのアスタロトの伝言で「逃げろ」というくらいだから、きっと大変な事態だと手伝いに来たのに。叱られるのは納得できない。大公達にしてみたら、得体が知れない者がいるから逃げろと言ったのであって、助けに来て欲しいわけじゃない。


 互いの思惑が盛大にすれ違った、不幸な結果だった。


 この場合「リリス達を安全な場所に逃がせ」と言われたらルシファーも頷いたし、逆に「こちらに来てお手伝いをお願いします」と付け足したら、リリスと一緒になって逃げだしただろう。普段なら言葉を巧みに使うアスタロトも、とっさの事態に直球で伝言したのが裏目に出た。


「何かいるのであろう?」


 首をかしげて周りを見回すルシファーの目に映るのは、踊る炎だけだ。それも魔力を糧に燃える炎なので、鎮火も一瞬だろう。ところどころ白や青に変化している炎は、生身なら触れる前に溶けるような高温だと知れた。


「……だから逃げろと……はぁ。そうでした。この人はバカでしたね」


「アスタロト、本気で失礼だぞ」


 窘めるルシファーに両手でしがみ付いたリリスが、きらきらと目を輝かせて髪を引っ張った。


「ねえ、あの辺に何かいるわ」


 リリスが指さす先を、ベールが睨みつける。そんな騒動に気づいたルキフェルが廊下から顔を出し、中庭に飛び出した少女達から声援が送られる状況となった。見ればレライエに抱っこされたアムドゥスキアスが、デレデレと鼻の下を伸ばしながら結界を張っている。


 ルキフェルの後ろに続いたイポスは、無事なリリスの姿に胸を撫でおろした。アベルに伝言を頼んだ警告は、ことごとく無視された状態だ。


「女性、かな?」


 ぼんやりした影の輪郭を読み取ったルシファーの疑問に、リリスも「うーん」と悩んでしまった。女性の形に見えるが、もしかしたら違うかもしれない。それより半透明でぼんやりした輪郭は実体がない気がした。魔族なのだろうか。


「あなた、だあれ?」


 まさかの直球勝負で尋ねたリリスに向き直った影は、ふわふわと近づいてきた。ゆっくり手を伸ばす仕草のあと、靄のような影は足元に膝をついて消える。


「……消えた」


 敵の姿が消えたため、ベールが幻獣の炎を消し去る。魔力で作った炎は一瞬で収まり、代わりに高温にさらされた銀龍石から陽炎が立ち上った。室内が急に明るくなった気がする。火が燃えていた時の方が明るいはずなのに、気持ち的な問題かも知れない。


「とりあえず、戻りましょうか……


 にっこりと敬称付きで呼ばれ、ルシファーの顔が引きつる。振り返らず後ずさり、リリスを抱いて窓からダイブした。下の少女達が拍手喝さい、何かのイベントのようだが……中庭に着地した足元の影から手が出て、足首を掴まれる。


 絵面は完全にホラー映画である。


「ひっ」


「戻りましょうと言ったのに、どちらへ行くおつもりですか? 魔王陛下」


 おどろおどろしい出現をした配下に、ルシファーは諦めて肩を落とす。気の毒そうに純白の頭を撫でるリリスが「大丈夫よ、ルシファー。私がいるわ」と慰めた。


「あなた方も大概失礼ですよ」


 先ほどの仕返しのように返され、引きずられるように執務室へ戻された。

「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く