魔王様、溺愛しすぎです!
669. 春うららは喧騒とともに
即位記念祭に花が開くよう、魔法陣を設置する作業が佳境を迎える。常に魔力で温度を勘違いさせ、魔法陣を消したら開花するよう調整するのだ。花々に負担を強いる術であるため、即位記念祭以外での使用は禁止されていた。
大急ぎで魔法陣を手に走り回るエルフと、祭り用のテーブルや椅子の製作に忙しいドワーフ。10年に一度の祭りを盛り上げようと、集まった料理人や商人が打ち合わせをする中庭の喧騒が届く執務室は、ドアも窓も半分開いていた。
吹き込むそよ風に書類が舞い上がり、アスタロトが捕まえて机の上に戻す。その書類を読んだルシファーが、さらさらと署名して押印した。処理済みの箱に投げ入れられる。
執務室は人口密度が高く、ルシファーとアスタロトの他に数人の文官と、少女達がいた。護衛のイポスを巻き込んで、少女達は雑談に興じている。
「ルシファー、杖にリボンを巻いてもいい?」
お気に入りのピンクのリボンを片手に、リリスが尋ねる。小物の確認を行う中、ハイエルフが削り出した杖の持ち手部分を絹のリボンで覆いたいと言う。小首をかしげて返事を待つ少女に、当然だと頷いた。
「構わないぞ。手伝おうか?」
「平気よ。ルシファーは書類を先に片付けて」
お取り巻きの少女達と楽しそうにリボンを巻くリリスを見ながら、同じ部屋の奥で書類に署名していく。大量に積まれた書類は昔に比べればだいぶ減った。文官を増やし、各部署にある程度の決裁権を与えたためだ。
署名を終えた紙に、印章で押印した。分類用の箱にひらりと書類を乗せ、次の文面に目を通す。即位記念祭では動く金額も、種族も、人数も桁違いだった。どうしても書類量が増えてしまう。申請書はもちろん、決裁や承認を求める書類を丁寧に処理しながら、ルシファーは手を止めて伸びをした。
肩こりや腰痛の経験はないが、気分の問題だ。身体をのけぞって伸ばすと、近くで書類の確認をしていたアスタロトが苦笑いした。
「休憩しますか」
「うーん、後少しだ。終わったらお茶にしよう」
珍しい意思表示に、アスタロトは慌てて窓の外の天気を確認した。幸いにして雨雲はなさそうだ。落雷の気配もなければ、すっぽん亀が落ちてくる兆候もない。
「おい、さすがに失礼だぞ」
「雨を通り越して、雪が降るのではと心配になりました」
普段のサボりをちくりと嫌味にして返され、ルシファーは諦めてペンを手にした。急いで処理すべき書類から署名しているが、あと数十枚で終わる。ここ最近は忙しかったし、終わったらリリスを誘って散歩でもしよう。前向きなことを考えながら、書類をめくったところにルキフェルが飛び込んできた。
「ルシファー、ちょっといい?」
半開きだったドアをノックもせず潜った青年は、水色の瞳を曇らせる。普段の明るい姿がが嘘のような暗い表情は、深刻さを匂わせていた。
手にしていた書類を机に戻し、上に印章を重石代わりに乗せたルシファーは、すぐに立ち上がる。大きめの執務机を回り込んで、ルキフェルの肩に手を触れた。
「深刻な話なら、隣で聞く方がいいな」
頷くルキフェルを連れて、続き部屋へのドアを開く。上階の私室が吹き飛んだため、現在はこの仮眠室を使っていた。ベッドとリリスの鏡台、簡単なテーブルセットしかない。広いが物の少ない部屋で、ひとまず椅子を勧めた。
「何があった?」
尋ねる声が心配を滲ませる。しんとした沈黙を、窓の外の騒ぎが緩めた。俯いたルキフェルが、手に握る紙を差し出す。
「実は、ルシファーの部屋があった場所に……が出たんだ」
掠れてよく聞こえなかった単語に、ルシファーは眉をひそめた。
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