魔王様、溺愛しすぎです!
664. なんでも準備は大変です
「色は桜色。そのマントは……うーん、色が少し濃すぎる」
指示を出しながら、ルシファーは手元の書類に目を通した。この時期はうっかりサボると、とんでもない書類の山が積まれるため必死に片づける。予算の内容を確認し、食材の納入記録を纏めたレポートに印を押す。時折気になる数字や文章があれば、書き込みをして横へ避けた。
その忙しい合間を縫ってリリスや自分の衣装の確認を行うので、執務室を解放している。いつもはリリスが側近達と勉強する右側を、衣装やアクセサリーが埋め尽くした。
「魔王陛下、リリス様の衣装に縫い留める宝石ですが」
「この中から選べ」
収納空間へ手を入れ、宝石箱をひとつ取り出す。隣に控えるベリアル経由で渡す箱の中身は、こぶし大の立派な宝石が無造作に詰め込まれていた。宝石同士が擦れて傷になっているが、持ち主は頓着しない性格のため、中身を確認したスプリガンが悲鳴を上げた。
ここまで大粒の宝石がごろごろ出てきただけでも驚愕だが、傷だらけになった石の価値は落ちる。それを気にしない魔王の豪胆さもさることながら、彼らの脳裏を過ったのは「もったいない」の一言だった。続いて「この人に管理を任せてはいけない」という奇妙な使命感が芽生える。
この騒動がひと段落着いたら、宝石類をすべて確認させてもらおうと話し合う。彼らにとって宝石や貴金属は命と並ぶ大切な存在である。管理を委託してもらうか、扱い方法を変更してもらえるよう進言する書類を作り始めた。
重要度が低いため、この書類がルシファーの目に留まるのは即位記念祭の数週間後となる。
「姫の杖ですが」
「この辺に……世界樹の枝があったはず」
右手で書類にサインをしながら、左手を空中に突っ込む。収納から見つけた枝を引きずり出すが、途中で引っ掛かってしまった。しかたなくペンを置いて、両手で引っ張る。ベリアル達も手伝った結果、杖どころか剣や槍が出来そうな枝が出てきた。
「世界樹……ですか?」
エルフが目を瞬かせる。リリスの魔法発動に杖は不要だった。あくまでも過去の貴族の形式美を踏襲する上で手に持つ方が好ましい……装身具のひとつだ。にも拘らず最上級の材料を提供され、慌てて受け取った。
「あの……残った枝は」
「残りはやるから、好きに使え」
「かしこまりました」
エルフ達の目が輝く。妖精族にとって、魔の森の奥深くにある世界樹は、信仰に近い感情を寄せる心の故郷だった。その枝の欠片でも手に出来るなら、作業に力も入る。枝の形や性質を良く調べ、中央の芯を使った杖を作る算段を始めた。
小さな枝を払い、大人の腕程の太さの枝を計測して杖のデザインを作り始める。
「ルシファー、皆もお茶にして」
少女達とイポスを連れたリリスが入り口で声をかけた。彼女自身は採寸が終われば時間があく。そのため側近達と菓子を焼き、お茶を用意して顔を見せたのだ。
「リリス! こっち」
手招きする満面の笑みのルシファーは、執務机から手を伸ばす。素直に近づいたリリスが膝に座ると、満足そうに黒髪に顔を埋めた。見慣れた光景に、側近達や侍従は見ないフリをする。普段登城しないアラクネ達は茫然と眺めた後、照れて視線をそらした。
「ルシファー様、リリス様も……お茶にしますよ」
呆れ顔のアスタロトが声をかけるまで、ルシファーは愛しい少女を抱いて離さなかった。
「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
ある化学者(ケミスト)転生〜無能錬金術師と罵られ、辞めろと言うから辞めたのに、今更戻れはもう遅い。記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です〜
-
4
-
-
聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
-
6
-
-
全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
-
14
-
-
S級魔法士は学院に入学する〜平穏な学院生活は諦めてます〜(仮)
-
3
-
-
《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。
-
2
-
-
最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。
-
5
-
-
【旧版】自分の娘に生まれ変わった俺は、英雄から神へ成り上がる
-
32
-
-
ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜
-
5
-
-
悪役令嬢、職務放棄
-
10
-
-
水魔法しか使えませんっ!〜自称ポンコツ魔法使いの、絶対に注目されない生活〜
-
20
-
-
乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
-
16
-
-
パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~
-
5
-
-
婚約破棄されたので帰国して遊びますね
-
11
-
-
夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
-
25
-
-
深窓の悪役令嬢
-
15
-
-
聖女(笑)だそうですよ
-
6
-
-
魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?
-
14
-
-
婚約破棄された悪役令嬢が聖女になってもおかしくはないでしょう?~えーと?誰が聖女に間違いないんでしたっけ?にやにや~
-
11
-
-
冒険者パーティー【黒猫】の気まぐれ
-
57
-
-
聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜
-
7
-
コメント