魔王様、溺愛しすぎです!
661. 相応しい振る舞い
ブレスで攻撃された獣人や魔獣の子、妖精たち……彼らを守るのが魔王だ。間に合わなかった守護魔法陣を弄ぶルキフェルが、唇を尖らせた。失った命に誰もが諦めを滲ませる頃、視界を遮る土埃が収まる。
「ルシファー、ロキちゃん! 手伝って! ベルちゃんもお願い」
響いたリリスの声に、結界の中で守られる魔族の視線が集まる。ブレスで焼かれたはずの大地は、焦げていなかった。ドレスが土に触れるのも気にせず、リリスは地面に膝をついて魔獣の子に手を伸ばす。怯える魔熊の子を撫で、震える魔兎を抱き上げる。振り返る彼女の背に白い翼が生まれた。
ぶわっと視覚化されるほどの魔力が広がる。治癒を施す彼女の頭上に、美しい輪が浮かんだ。その姿は宗教観のない魔族から見ても、神々しく……ただ美しく、祈りを捧げるに相応しい威厳に満ちる。
「ルキフェル、ベール。治癒だ! 急げ。ベルゼビュートは被害の確認を。アスタロト」
「はい。お任せください」
金髪の吸血鬼王は一礼し、圧死寸前の2匹をどこかへ転送した。追うように自らも姿を消す。
彼に命じる必要はない。死ねと命じた魔王の言葉は、アスタロトの耳に届いていた。そして大公の総意も間違いなく汲み取る、聡い男だ。転送した2匹は死にたいと懇願するまで苦しめられ、魔王に逆らった愚か者として処分されるだろう。
統治に見せしめは必要だ。力が全ての魔族にとって、魔王の意向は最上級の命令だった。
両手に治癒と復元の魔法陣を生み出したルシファーも足早にリリスへ駆け寄る。途中で、火傷した獣人の毛皮に治癒と復元を同時に施した。倒れた民を放置して恋人に駆け寄ることは出来ない。結界で守ってやれなかった分、少しでも早く治すのが役目だった。
治癒だけでは毛皮は戻らない。時間をかけた治癒は皮膚が傷つく。毛皮は獣人にとって強さの象徴であり誇りでもあった。丁寧に状態を確認したルシファーの後ろで、側近たちの声がする。
「こっちは僕がやる」
「では重傷者は私が引き受けましょう」
転移で距離を縮めたルキフェルとベールが、役割を手早く分担する。軽傷者が多い奥の魔獣や妖精をルキフェルの魔法陣が包む。手前の重傷者は、神獣の能力を解放したベールの治癒が与えられた。
レライエも翡翠竜と一緒に小さなケガを治し始めた。鳳凰であるアラエルも、己の体液による治癒を行うため、脚が千切れたアラクネを助け起こす。ピヨがばたばた走り回り、ラミアの子を集めて翼で保護した。親が来た子から順番に引き渡す姿は、立派なお姉さんだ。
自分たちが守った魔族をベルゼビュートに預けて、ルーサルカが仮のテントを蔓で編む。綺麗な水を作って傷を洗い、水を飲ませて落ち着かせるルーシアをシトリーが手伝う。己が出来る範囲のことを精一杯頑張る少女達は、着飾ったドレスが汚れるのも気にせず働いた。
倒れたドラゴンの焼け爛れた背に、リリスが手を這わせる。強靭な鱗は高熱で溶け、下の皮膚はぐじゅぐじゅに崩れた。体液が滲み出てぬらぬら光る肌へ、美しい白い手を躊躇いなく当てる。
「……汚れ、ます」
苦しい息の下で必死に告げるドラゴンの大きな瞳へ、リリスは笑顔を向けた。
「何を言うの、私やルシファーが大切にする民を守った英雄じゃない。すぐに治すから、楽にしてて」
「そうだ。お前は表彰や爵位を得るに相応しい行為を成した。余の自慢の臣下だ」
やっとリリスの隣に並んだルシファーが重ねた言葉に、ドラゴンの目から涙がこぼれた。同族のやらかした騒動に、なんとか被害を少なくしなければと身を呈した。焼けた背が戻らなくとも、もう二度と飛べなくなっても構わない。こうして魔王と魔王妃が功績を褒めてくれたのだ。
誇り高いドラゴンに相応しい振る舞い――そう魔王が認めてくれたなら、それ以上の誉れはない。ほっとしたのか、彼は意識を飛ばしてしまった。
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