魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

654. 流れ作業で現実逃避

 火口の熱を利用した温泉栽培のお陰で、とんでもない量のカカオ豆が収穫された。魔法でまとめて収穫しようとしたが、葉や幹を傷つけずに実だけを収穫するのは難しい。最終的にベルゼビュートが剣で一つずつ落とし、下でリリスと少女達が受け止め、ルシファーが魔法陣で城門へ転送する方法が取られた。


 ドラゴンに乗って往復しなくて済んだだけ、彼らはまだ楽をしている。鬼のアスタロトも、魔法の使用を禁止はしなかった。というより、禁止したら告知された祭りの日時に間に合わない。収穫で役に立たないアベルは、城門前の担当だ。城門前に振って沸いた大量の実を割って種を取り出す作業を、こつこつと手作業で行った。


「手伝う」


 ピヨが厚意で言ってくれたのだが、素直に頷けない理由があった。鳳凰の雛であるピヨの手伝いは、嘴で突いたあと炎を吹きかけて余分なごみを燃やす方法だ。実は殻を燃やす過程で、熱せられた種が爆発する事件があった。すでに試したため、今は隣でカカオ豆を抜いた後の殻を燃やしている。


「ピヨは偉いな」


 進んで手伝いを申し出た牛サイズの鳥を撫で、アベルは作業を続けた。硬い外側には、ルシファーがヒビを入れてくれたため、刃を差し込んで割るだけ。最初はナイフを使っていたが、あまりの数の多さに聖剣を取り出して叩き割り始めた。


 魔王と戦うために鍛えられた剣だが、聖剣と呼ばれていても魔剣とは別物だ。聖水をかけて清めただけの剣なので、遠慮なく実を叩き割る刃物として活用した。


「手伝おうか?」


「先輩、頼むっす」


 汗をかきながら頑張るアベルを見かねて、イザヤが声をかけた。弓道と剣道は有段者のイザヤが、剣を受け取って割っていく。汗を拭うアベルが、渡されたタオルを首にかけて近くの切り株に実を乗せた。


 割った実を箒で落とし、新しい実を乗せる。イザヤが割り、アベルが乗せる。繰り返される作業が餅つきのように無言で繰り返される中、大きめのスプーンを持ったアンナが参戦した。彼女はスープ用のスプーンで器用に中身をくりぬく。


「考えましたね」


 様子を見に来たアスタロトが感心したように呟く。過去にお手伝いの一環で南瓜の種子を抜いた時を参考にしたアンナは、取り出した種を麻袋に放り込んだ。ぐりぐりと逆手に持ったスプーンで中身を取り出し、少し離れた場所へ殻を放る。待っていたピヨが「くわぁ」と奇妙な声をあげて燃やした。


「頑張ってください。あと5倍くらいで終わります」


 積み上げられた半日分の成果を横目に、おおよその残量を突きつける。流れ作業がぴたりと止まり、作業済みの量を眺めてから、ぎぎぎぎ……と油が切れた機械のような動きで振り返った。


「5倍、ですか?」


「ええ。思ったより収穫量が多いですが……この後はルシファー様も合流しますから、何とかなるでしょう」


 笑顔で告げられた言葉に、ルシファーがこき使われる未来が透けて見える。一瞬同情の表情を浮かべたアンナとイザヤは部外者だ。そのため他人事で同情していられた。しかし当事者のアベルは血が引いて青ざめていく。


「無理だ、そんなの」


「そうですか? 参加者を募ったのですから、全員が満足する量を用意するのは主催者の義務ですよ」


 さらりと爆弾を落として、アスタロトは温泉街がある火口近くの集落へ転移した。見送ったアベルが「悪魔って、ああいう人のこと言うのかな」とぼやく。その後ろから「ですか? アスタロトに意味を聞いてみましょう」とベールがにこやかに追い打ちした。


「ひっ……ご容赦、を」


 悲鳴を上げて土下座したアベルに「お疲れ様です」と労いを残し、ベールも転移した。どこへ向かったか読み解くほど魔法陣に詳しくない面々は顔を見合わせ、恐ろしさに震えながら作業に没頭する。もしアスタロトに言いつけていたら……? 恐怖に震える彼らは、現実逃避のためにカカオ豆を割りまくった。

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