魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

630. 捨てる奴がいれば、拾うバカも

 背に半透明の羽を広げたベルゼビュートは、軽やかに森の中に降り立った。魔の森の外れ、奥をさらに越えた場所にある小さな集落を前に足を止める。ドライアドや精霊を通じて監視してきた獲物だけど、もうそろそろ収穫してもいいわよね。


 罪人として魔の森から放逐された彼らは、ずっと潜んでいた。自分達を追放した魔王や側近に一矢報いる時を夢見て、魔の森の縁に住み着く。生きていることも、魔獣に襲われて死ぬことも罰――だから別に生きていたのは不思議ではなかった。


 魔王ルシファーを羨み、妬み、暗い感情で彼の人を害そうとした。しかも直接魔王に攻撃したのではなく、周囲の者を狙ったのだ。だから彼らの行為は「挑戦」とはみなされなかった。


 現体制に不満があるなら、正面から1対1で戦いを挑めばよかったのだ。そうすれば負けたとしても命を奪われず、一族の名誉を守った英雄として迎えられただろう。今のように逃げ隠れする罪人となり生きる必要はなかった。


 だが標的である魔王や大公に戦いを挑まず、城の関係者や身近な存在を狙ったことで、彼らの名誉は地に落ち、一族から追放の憂き目にあった。その自業自得さえ勘違いの材料として、逆恨みを募らせる男達。


 監視の要であるベルゼビュートの元に奇妙な報告が入ったのは、数年前だった。彼らに妻が出来たという。罪人に嫁ぐために女性達が集まったのか。おかしな報告が2度目になった時、ベルゼビュートは心当たりを思い出した。


 ルシファーに言い寄った……彼女らだ。各種族から集められた独身女性が魔王妃の座を巡り、リリスを傷つけて放逐された。素直に引いた者は見逃されたが、最後まで足掻いた愚か者を魔の森の奥に捨てたのだ。その後、形だけの回収命令が出たが魔王軍は動いていない。


「捨てる奴がいれば、拾うバカもいる……だったかしら?」


 意味はあっているが、かなり文面が違う諺を呟きながら、ベルゼビュートはすたすたと足を進めた。途中で魔の森を抜け、魔力のない森へ入る。そのまま少し歩けば、集落の手前に結界が張られていた。かなり強力だが、彼女にしてみたら「それなり」だ。


 脅威にならない結界を手でなぞって割った。少し魔力を込めただけなのに……眉をひそめる。この程度の結界で、魔獣を防げるのかしら。そのまま歩き出せば、風の精霊がピンクの巻き毛を揺らす。飛んできた攻撃の矢を弾いた風の精霊は、得意げに胸を反らした。愛らしい精霊の仕草に笑い、指先で撫でる。


「ふふん」


「ちょっ! 私だって出来るわ!!」


 水の精霊が森の湿気を集めて氷を作る。透明なガラスに似た氷は薄いのに、複数の矢を弾いた。


「あら、皆すごいわ」


 魔族と言うより、まさに精霊そのもの。火や水が意思を持った状態に近い精霊達が集まり、こぞってベルゼビュートを守り始める。


「くそっ! あの化け物に火矢を射れ」


 失礼な発言の直後、彼らがつけた火が弾けて消える。後ろの建物に飛んだ炎が、ゆらゆらと陽炎を纏って集落に広がった。火を消しに走る者と別れた者が、剣を抜いて向かってくる。


「やあね。あたくしと剣で戦うなんて……その蛮勇は認めてあげる」


 自他ともに認める魔王の剣たるベルゼビュートの剣技は、数万年の間に研鑽し洗練されたもの。この場にいる連中が1000年修業したとしても、一朝一夕と笑い飛ばすほどの実力差があった。


 すらりと抜いた剣は、聖剣ではない。己の魔力を凝らせた銀の剣だった。これは彼らが剣を抜いたことへの、最低限の礼儀だ。葬るわけにはいかないけれど……くすっと笑って、ピンクの巻き毛を指先でくるりと回した。

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