魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

619. やり直すつもり

 少女達の先頭に立って部屋を出ようとするリリスを、ルキフェルとベールが引き留めた。


「お待ち下さい。陛下のご様子を確認いたしましょう」


「そうだよ、今のルシファーに会っても、リリスが傷つく。僕はそんなの我慢できない……あと少し、そうしたら」


「そうしたら? ロキちゃんは、ルシファーの記憶を戻せるの?」


 わかりきった答えを待つ少女に、ルキフェルは否定のために横に首を振った。記憶を戻す方法なんて、まだ見つかってない。過去の経験からして、時間をいじる魔法陣は無機物にしか適用できない。


「ベルちゃんもロキちゃんも、ごめんなさい。でもこのまま逃げてられないと思う。私はルシファーのお姫様で、お嫁さんだから。覚えてないなら、やり直すつもり」


 そう言い切った覚悟と裏腹に、指先はずっと震えていた。バレないように手を握り、強く力を込める。大丈夫、ルシファーは私のパパで……一番大切な人だもの。時間がかかっても、やり直せるわ。


 育ててくれた父親と、これから結婚する婚約者――同時に失う辛さは当事者しかわからない。ルーサルカ、ルーシア、シトリー、レライエ。側近を従え、リリスは着替えたピンクのドレスで笑った。ぎこちなさが残っても、まだ笑えればいい。


 私は魔王妃となるのだから、純白の魔王のお嫁さんに相応しい振る舞いをしたい。部下を心配させないよう微笑むのは、ルシファーを見守ってきたリリスが覚えたことの一つ。ケガや痛みを隠して微笑み、死ねと罵られても激昂せず、流れる水のようにあるべき形を保つ。どこまでも魔の森と魔族を優先する人だった。


 かの人の記憶が多少失われても、本質は変わらない。もう一度、2人で記憶を作ればいいのだ。新しい記憶を積み重ねれば、すこしの記憶喪失など気にならなくなる日が来るはず。


「リリスは、強いな。僕は駄目だ」


 ルキフェルは水色の目を伏せて俯いた。ベールの助けになりたくて成長を望んだのに、大きくなったのは身体だけで、中身は幼いまま。悔しさに唇を噛むと、視界にピンクのドレスの裾が入った。


 歩み寄ったりリスは、ルキフェルをふわりと抱擁した。すこしして離れたリリスの顔は、いつもと同じに見える。その顔を作る覚悟に、ルキフェルも腹を括った。


「わかった。もう止めないけど、僕も行く」


「当然、私もご一緒します」


 ルキフェルとベールの申し出に、リリスと少女達の纏う空気が軽くなる。


「リリス様、お待たせいたしました。整っております」


 お気に入りの薔薇を取りに行ってくれたイポスが、美しく飾られた花束を差し出す。ドレスと同じピンクの薔薇を中心に、何色か品よく纏められていた。受け取って、慣れたローズの香りに口元を緩める。


「行きましょう」


 部屋を出ると、先頭にベールが立った。隣にルキフェル、数歩さがってリリス。護衛のイポスの邪魔にならぬよう、さらに遅れて少女達が並ぶ。


 廊下を一番下の階まで下り、奥の客間の前で止まった。魔力を探るまでもなく、中にいるのがわかる。いつも隣にいたから気づけなかったが、外から探ると手が震えるほどの魔力が満ちていた。


「陛下、失礼します」


 ノックに応えたベルゼビュートが開けたドアを潜ると、何故か部屋は大所帯だった。


「……みんな集まったの?」


 驚きで目を瞠るリリスに、慌てて立ち上がったルシファーが近付く。手が届く手前で足を止め、黒髪の魔王妃を上から下まで確かめた。僅かに首をかしげる仕草に、まだ記憶は戻っていないと思い知らされる。


「ご機嫌よう……ルシファー」


 いつもと同じ呼び捨てにしたリリスに、周囲の空気が凍りついた。

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