魔王様、溺愛しすぎです!
614. 折れる心なら不要
シトリーは止まらない涙をハンカチで拭い、レライエは膝に乗せた小さな翡翠竜を撫でながら茫然とする。ほぼ流される状態で何もできない彼女達は、己の無力感に苛まれた。
魔王の記憶を戻す能力はなく、気を失ったままのリリスを慰める勇気もない。目覚めてあの愛らしい顔を陰らせ、赤い瞳から大粒の涙を零したら……どうしていいかわからず、一緒に泣くことしかできないだろう。分かっているから近くに寄るのも怖かった。
魔王妃を支えるのが役目――その立場を誇りに思ってきた。優しく美しいリリス姫の傍らに立ち、嫌味や妬みから女主人を守り、成長を支えるのだと……その自負は粉々に砕けた。心底傷つけられたとき、周囲の心配や慰めはどこまで届くのだろう。掛ける言葉をどうやって見つけたらいいのか。
深い迷路の中で、彼女達は迷子になってしまった。
「ねえ、レライエ。君の覚悟はこの程度だった? 私は見誤ったのかな」
大人しく抱っこされていた翡翠竜アムドゥスキアスが、ひとつ伸びをして膝の上で振り返る。小型化したドラゴンは、首をかしげて婚約者を見上げた。ぱたんと尻尾を左右に振る音が響く中、アムドゥスキアスはもう一度言い聞かせた。
「レライエ、君に出来ることは泣いたり蹲るだけ? 大切な主が悲しんでいても、手が届かない距離で見てるのが仕事? 私はかつて大公候補だったけど、そんな簡単な仕事なら無理しても引き受けておけば良かったと思うよ」
最後の嫌味に、レライエの表情が戻ってくる。元が勝気な少女だ。誇り高いドラゴンのプライドを傷つける言い方に、ぼんやりしていた瞳に光が蘇った。
「違うっ! 違うわ、私は……っ」
レライエより先に叫んだのは、ルーサルカだった。父親である獣人が死んで、人の母親に売られた少女は人一倍痛みに強い。愛し信じた相手に裏切られる痛みを乗り越えた彼女は知っていた。愛情を注ぐ育ての親がいて、失えない主がいて、大切な仲間がいる今の奇跡を――。
「私はリリス様の護衛をするわ。イポスさんが傷を負っている今、私が動かなくて誰が動くのよ」
まだ腫れた瞼から氷の塊を包んだ布をおろし、手を震わせるルーシアの前に膝をついた。
「さっきはごめんなさい。治してくれる? これじゃ、敵の姿も見えないわ」
護衛につくと言い放った少女の覚悟に、くしゃりと顔を歪ませたルーシアがぽろりと涙を零した。泣いたら止まらなくなるから我慢していたのだろう。頬を濡らしたまま、ルーサルカの瞼を治癒して微笑んだ。
「私も行きます」
「アムドゥスキアス、結界を張るから手伝え」
色気も愛想も投げ捨てた婚約者のぶっきらぼうな命令に、翡翠竜は勢いよく尻尾を振った。こうでなくては、嫁ではない。元気で、金や光物が大好きで、魔王妃を誇らしげに主として認める彼女でなくては要らない。
「私の結界なら大公クラスでないと破れないよ」
抱き上げる嫁の腕に頬ずりしながら、結界用の魔法陣を構築していく。指先に複雑な魔法陣を作り出してくるりと回した。
「すぐに行くから先に行ってて」
顔を洗って出直す。叫んだシトリーが洗面室へ逃げ込む。覚悟を決めた少女達は、悲しんでいるだろう主人の心を慰め、その身を守る為に動き始めた。
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