魔王様、溺愛しすぎです!
597. すべてを知らないから魅力的
「ヴラドは魔の森が作ったのなら、勇者も同じってこと?」
「いいえ、勇者は人族が持ち込んだ概念のはずよ」
そこで溜め息をついたリリスが語った内容に、黒髪を撫でていたルシファーが眉をひそめる。
魔の森はヴラドを作る気はなかった。我が子である魔族を作り出す過程で、生き残ることに貪欲過ぎる意識を切り離す。強い力をもったヴラドが形を得た状態で、暴走したのだ。愛された子らを、不要とされ愛されなかった子が襲う。ヴラドは死にたくなかっただけで、生きる目的はなかった。
「最初に生まれた魔族ほど力が強いのは、そのせいなの」
幻獣霊王、精霊女王、吸血鬼王――魔王を含めた彼らを作り出した時、魔の森は魔力に満ち溢れていた。生まれたばかりの幼い世界は、大量の魔力を一度外へ放出する必要があり、その結果が魔王であり大公達なのだ。生まれた彼らの魔力量は高く、一個体が支えられる量を越えた。
「ルシファーも皆も……魔の森で数少ない成功例だわ」
大きすぎる魔力によって自己崩壊する魔族が、再び森へ魔力を供給する。失敗を教訓に、森は分割して魔力を弱めた魔族を作り出した。同種族同士で助け合えるように、複数個体を一度に生み出して繁殖させる。しかし崩壊しなかった個体がいくつか残った。
大きすぎる魔力を内包し、自らを完成体として完結したのが魔王であり大公達なのだ。
「それで寿命がないのですね」
他の同族を幾人も見送り、数万年を生きてきた。狂いそうな記憶と重圧の中、それでも自我を保てたのは……同じ境遇の魔王や同僚がいたからだ。ベールは複雑な感情を噛みしめながら呟いた。
番を得ても彼女はきっと自分より早く死んでしまう。それを知っていたから、失った時に狂わずに済んだ。本能に近い部分で、誰もが自分達を置いて逝くと理解していたのだ。
「つまり、ずっとルシファー様のお守りですか」
くすくす笑って話を明るい方向へ引っ張るアスタロトに、ルシファーが「何が不満だ」と口を尖らせる。こうして彼らが揃った奇跡を誰より実感するのは、リリスだった。
穏やかな笑みを浮かべてルシファーの腕に寄り掛かる。
「みんな、魔の森を恨んだりしないのね」
死ねない身を作り出し、苦しめてしまった。その意識があるから、魔の森は魔王の意向に沿ってきた。彼が人族を殺したくないと望めば、痛みを生み出す異物を承知で飲み込む。魔族である我が子を傷つけられても、人族を直接排除しなかった。
「恨む? 己の母と同じでしょう」
「生んだことを誇ってもらいたいものですね」
ベールとアスタロトが笑えば、ルキフェルが疑問を口にした。
「僕はなぜ、今頃になって作られたの?」
魔の森の初期は強い魔族を作る必要があった。あふれ出しはち切れそうな魔力を受け止める器として、魔王や大公クラスの魔族が求められる。しかし世界が落ち着いた後世になって、ルキフェルは生み出された。安定した世の中に、これほど強いドラゴンを作る理由がわからない。
実際、他のドラゴンにそこまでの強さも魔力もなかった。
「あら、ロキちゃんには悪いけど、私も万能じゃないのよ」
くすくす笑うリリスに、ルシファーがお菓子をひとつ運ぶ。ぱくりと手から食べて、リリスは口を塞いだ。
これこそ答えだ。まだ魔の森は秘密にしておきたいことがあるらしい。数万年単位で謎だった事実がいくつか解明されたのだから、急いで欲張る必要はなかった。
すべてを知ってしまえば、魔の森の神秘も魅力も半減する。まだ先は長いのだから、ゆっくり知っていけばいい。そんなリリスの姿勢に、大公達は肩を竦めて追及をやめた。
「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
-
14
-
-
聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
-
6
-
-
最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。
-
5
-
-
ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜
-
5
-
-
【旧版】自分の娘に生まれ変わった俺は、英雄から神へ成り上がる
-
32
-
-
《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。
-
2
-
-
乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
-
15
-
-
ある化学者(ケミスト)転生〜無能錬金術師と罵られ、辞めろと言うから辞めたのに、今更戻れはもう遅い。記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です〜
-
4
-
-
聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜
-
6
-
-
冒険者パーティー【黒猫】の気まぐれ
-
57
-
-
水魔法しか使えませんっ!〜自称ポンコツ魔法使いの、絶対に注目されない生活〜
-
20
-
-
ガチ百合ハーレム戦記
-
15
-
-
魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?
-
13
-
-
夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
-
25
-
-
【連載版】唯一無二の最強テイマー 〜最強の種族をテイム出来るのは俺だけです。俺の力を認めず【門前払い】したのはそっちでしょう。俺を認めてくれる人の所で過ごすつもりなので、戻るつもりはありません〜
-
2
-
-
悪役令嬢令嬢に転生?そんなもの知ったこっちゃないね!
-
4
-
-
【ジョブチェンジ】のやり方を、《無職》の俺だけが知っている
-
3
-
-
ルーチェ
-
2
-
-
世界を渡る少年
-
32
-
-
二度めの生に幸あれ!〜元魔王と元勇者の因縁コンビ〜
-
5
-
コメント