魔王様、溺愛しすぎです!
592. 勇者の痣は呪い?
「お前、左手に痣があるか?」
確認というより、確証に満ちた声で尋ねる。ルシファーの問いかけに答えない男に、アスタロトが剣先を突きつけた。震える青年の左手を掴んだベルゼビュートが、黒い革の手袋を剥ぐ。甲高い音を立てる風は手を傷つけることなく、表面の手袋だけを切り裂いた。現れた小麦色の肌に、赤い痣が薄く浮かんでいる。
「……ふむ」
おかしい。以前はリリスの左手に現れた痣が、蘇りの後で消えた。これは一度命が失われたためと考えられたが……。召喚者アベルは勇者としてこの世界に来たのに、左手の痣は後天的に現れたらしい。本人は前世界で痣はなかったと証言し、イザヤの記憶とも照合が取れた。
勇者の痣は3歳前後で人族の子供の左手の甲に現れる、と考えられてきた。過去の勇者の話を総合すれば、それ以外の事例はなかったのだ。リリスの痣が消えて以降の勇者は、アベルも今回の男も痣が薄くなっていた。まるで、消えかけているように。
「リリスは勇者の痣について、何かわかるか?」
腕を絡めてズレた鼻歌を響かせる少女に声をかける。歌をやめて首をかしげたリリスは、記憶を辿りながら口を開いた。
「私が知る限り、痣は呪いなの。だから生まれた時はなくても、後から体に浮いてくるのよ。前に取り憑いた人が死ぬと、次の人に取り憑いて……ずっとそうやって残ってきたわ」
驚きの事実に大公達が絶句する。勇者であることを証明するもので、魔力の少ない人族が勇者を見分ける印だと考えてきた。それが『呪い』だと言い切られ考え込む。それぞれが知識を総動員し、自分なりの結論を出した。
「魔王陛下への呪い、ですか?」
「確かに『魔王と勇者は対である』の意味を誰も調べませんでしたね」
「その呪いは解除できるのかしら」
「術式があるってこと? どうしてそんな無駄なことをしたんだろう。人族をどれだけ嗾けても、ルシファーに敵わないのはわかってるじゃん」
ベール、アスタロト、ベルゼビュート、ルキフェルが口にした内容に、ルシファーは言葉を選びながら返した。
「数万年にわたって消えずに存在し続ける呪いは、誰がいつオレにかけた?」
はっとした顔で、アスタロトがルシファーを見つめる。ひとつだけ心あたりがあった。数万年の間に呪いが消滅しない理由も、これならば説明がつく。
「あの、僕らはころされ、ない……で、すよね?」
「助けて! 助けて、たすけて……」
必死で助命嘆願する人族の生き残りを、ルキフェルが笑顔で魔法陣に包む。勇者である青年を含めた全員を、無造作に魔の森へ捨てた。以前にルシファーが襲撃者に対して行った処分と同じ方法だ。
「とりあえず片付けたから、部屋に戻らない?」
ルキフェルは提案しながら周囲を見回した。手や足がバラバラに転がり、人族の死骸が積み重なった城門は真っ赤に濡れている。鉄錆た臭いが充満する場所で、リリスはふわりと笑った。
「薔薇のお風呂に入って、それからお茶にしましょう。私達だけで」
場所を変更し、気分も変えて、改めて話をしようと提案する。その発言に否を唱える者はいなかった。そして――少女達を含め、この6人だけと限定したリリスの意図に気づく。
「そうですね。複雑な話の前に気分を変えた方が良さそうです。30分後にお伺いいたします」
時間を決めたアスタロトが「お先に」と足元へ沈むように姿を消す。影の中に入り込んで移動した彼を見送り、ルシファーがリリスの手を取って歩き出す。階段を無視して縁から飛び降りたルシファーが、続いたリリスを受け止めて私室へ向かった。
「あたくしも着替えてくるわ」
返り血に汚れた姿で肩を竦め、ベルゼビュートは己の城へ転移する。ベールと手を繋いだルキフェルが、魔王城内の部屋に戻るために中庭への転移魔法陣を描いた。
「中庭の子達も安心させてあげないとね」
「そうですね」
アデーレを含めた中庭を守る魔族に説明と片付けを頼むべく、浄化魔法陣で身綺麗にした2人は中庭へ飛んだ。
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