魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

587. 循環する魔力の仕組み

 魔の森はこの世界のすべての魔力を管理し、調整する存在だった。母なる森と呼ばれる理由の一端が、そこにある。魔王も含めた魔族すべては、魔の森が放出した魔力から生まれた。放出された魔力は森に吸収され、逆に世界の魔力が足りなくなれば森が供給する。持ちつ持たれつの関係なのだ。


 しかし、魔の森に関する研究はされてこなかった。理由はいたって簡単で、必要がないから――魔の森は魔力を調整する存在であり、魔物を生み出す便利な存在だ。生き物や種族として認識されず、今以上の知識は必要とされなかった。


 森が燃えたり切られて消失すれば、不足した魔力を魔族や魔物から回収する。しかし必要以上に魔力を吸収して他種族の生活を圧迫することはなく、無害な存在とされてきた。


「……リリスは魔の森なのか?」


「少し違うの、魔の森は私のお母さんに近い存在よ。私は魔の森の『一部』だけど、魔の森の『すべて』ではないから」


 禅問答に似たやり取りに、ベールとアスタロトが顔を見合わせる。ルキフェルは手にした資料にメモを取っていく。曖昧にしか伝わらないことに、リリスが困った様子で眉尻を下げた。


 どう説明したらいいか、言葉を探す。


「なんとなくだけど、わかった……かも」


 ベルゼビュートが唸りながら言葉を捻り出した。


「つまり、リリスちゃんは魔の森と繋がってるのよね。それで死にかけた時に魔の森の魔力を回収して、自分を治した。使った分が魔の森の消失面積と一緒だというなら、リリスちゃんの魔力量は私より多いかも知れないわ」


 本能ですべてを解決してきた精霊女王は、ぼんやりと外殻を掴んだ話を言葉に置き換える。ようやく話が通じ始めたことに、リリスは目を輝かせた。


「さすがベルゼ姉さんだわ。結構いい線いってるもの」


「……リリス姫の回復に使われた魔力が森から供給されたとしたら、その穴埋めは誰が行ったのですか?」


 消失した魔の森の外縁と魔王城近くの立ち枯れ……魔王軍や貴族からの魔力放出があったにしろ、突然魔の森が増殖した原因は不明だ。人族の領域まで迫った急激な成長の理由に、彼女は関係していたのか。ベールの疑問に、リリスは穏やかな声で返した。


「魔王城周辺は魔族だけれど、外縁は人族の魔力よ。人族の都で魔法陣を壊したでしょう? 攻撃魔法陣に隠されていた、魔力を異世界に送る魔法陣が邪魔だったの」


 異世界に流出する魔力――その量はわずかだった。魔の森の存在を揺るがす量ではないが、数万年にわたる長い年月、一方通行で流出し続ければ見逃す量を超える。このまま同じ状態が続けば、魔物を作り出す魔力が不足するだろう。そうなれば我が子同然の魔族を飢えさせる結果を招く。


 魔の森はぼんやりとした意志しか持たないというリリスの話だが、我が子たる魔族のために魔法陣を壊そうと手を伸ばした。異世界人が作った魔法陣は、この世界の異物だ。真珠貝の中に埋め込まれた核のように、痛みをもたらす原因を吐き出そうとした。


「あのとき、魔の森が人族の領域に迫ったのは……都を飲み込んで魔法陣を壊す気だったから。そのために、魔の森はわ」


 リリスは大きな赤い瞳を瞬かせると、ルシファーの顔色を窺うように見上げた。静かに話を聞いてくれるルシファーの目に嫌悪の色がないことを確認し、ほっとした様子で頬を緩める。


「あの流出の魔法陣がなくなれば、魔の森は現状維持できる。今回の騒動で人族の大半が死んだことで、魔力の回収ができた。大きな亀が死んだときに吸収した魔力も大きかったから」


 過去に流出して失った魔力を補う亀の存在は、魔の森にとって想定外の幸運だった。失った魔力を体内に保有する生き物を魔族が殺したことで、魔力はこの世界に還元される。急激な成長でわが身を傷つけた魔の森にとって、最高のご馳走だったのだ。


「あのとき、亀を殺さなかったら……私がこの姿に戻るのに30年はかかったと思うわ」

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