魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

557. 提示される選択肢は3つ

 不可思議なリリスのセリフに、凍り付かせた表情を変えたルシファーは慌てて腕に力を籠める。逃がさないように、それは本能的な行動だった。


「いっぱい、もう……足りる」


 寝言のように呟かれる言葉はたどたどしく、下の騒ぎをよそに静まり返った大公達の耳にも届く。下の大聖堂に乱入した獣人族が、爪と牙を使い人族を赤く染めていた。悲鳴や懇願の声が響くのに、この場にいる5人はリリスの声だけに耳を傾ける。


「私の愛しい、愛しい人……抱き締められる、時間は終わり……次は私が、抱き締めるばんなの」


 詩集の一節に似た柔らかな言葉が零れ落ちる。


「リリス?」


 覗き込んだリリスはうっすらと笑みを浮かべて、今にも眠ってしまいそうに見えた。閉じた目を開いたリリスが、ルシファーの頬を両手で包んだ。にっこり微笑んで、驚きの表情を浮かべた魔王へ尋ねる。


「選んで?」


「何、を……」


「種と蕾と花」


 謎かけに似た、説明を省いた選択肢にルシファーが唇を噛みしめる。複雑な感情を浮かべる彼の脳裏に、様々な可能性が浮かんでは消えた。間違えたらリリスがいなくなりそうで、どれも選びたくない。もしまた彼女を失うことになったら、二度と立ち上がれない。抱き締める腕が震えた。


 息を飲む大公4人は、困惑した顔で互いに目配せした。誰か動いた方がいいのか、触れないのが正しい行動か。判断できずに立ちすくむ。足元で繰り広げられる蹂躙に、つんざく悲鳴が大聖堂に響き渡った。


 ルシファーは緊張に乾いた唇を湿らせ、かすれた声を絞り出す。


「選ぶ前に、教えてくれ」


 じっと待つ幼女は大人びた顔で頷く。どこかで見た表情なのに、思い出せない。過去の記憶を探ることを諦めたルシファーは、慈愛に満ちた笑みを称える幼子に助けを求めた。


「どれを選んだら、オレの側にいてくれる?」


 重要なのはここだけ。どんな結末になろうと、リリスがいてくれるなら構わない。彼女が離れていかない選択肢を望んだ。赤い瞳がぱちりと瞬いて、頬を包んだ手を首に回して抱き着く。


「どれでも、リリスはいるよ。パパのお嫁さんだもん」


 幼い口調で、柔らかな声を響かせる。阿鼻叫喚の大聖堂に似合わぬ、慈愛に満ちた笑みでリリスの夢見がちな言葉は続いた。抱き着いた耳元で、注ぎ込むような一言。


「選んで、ルシファー」


 赤子の頃に「るー」と呼んだことはあるが、常に「パパ」と呼称してきた。そんなリリスから出た己の名に、ルシファーは震える手で黒髪に触れる。ひとつ息を飲んで、覚悟を決めた。


「種と、蕾と、花――大きくなれる、だったか? ならば蕾だ」










 ルシファーが決断する少し前に、アスタロトは意味に気づいた。種は幼女である現在、蕾が示すのは咲き誇る直前の12歳であった少女、花は未来だろうか。彼女が「お嫁さん」という単語を口にしたことから、花嫁になる年齢と置き換えることが出来た。


 ちらりと視線を向ければ、他の3人も似たような結論に至ったことが窺える。表情を曇らせるルキフェル、ベールは渋い顔をして目を伏せた。逆にベルゼビュートはうっすらと笑みを浮かべる。


 主は当然気づいただろう。愛しい幼子が問いかけた選択肢の意味を……花嫁はいずれ来る未来であるため、最初に選択肢から外された。次に迷うのは蕾と種。今のままでいいと考える反面、あの頃のリリスを懐かむルシファーの心も知っている。


 蕾を選んだ魔王の銀の瞳がゆっくり瞬く。音が消えて時間の流れが変わった気がした。


「……ありがと、パパ」


 首に回した手を解いたリリスが、ルシファーの純白の髪を握って背伸びする。抱き着いた頬に接吻け、そっと唇を重ねた。

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