魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

556. 宗教という幻想の崩壊

 アスタロトが与えられたのは聖巫女のみ。大聖堂に逃げ込んだ者を生かすのは、慈悲ではなく遊びの一環だった。人間という種族の残酷で醜い姿を楽しむための場として残したのだ。この饗宴を初めから楽しんだ吸血系の種族はすでに引き上げさせた。


 バランスを取るために、獣人系に与えるのが妥当か。


「あら、お揃いね。気取った聖巫女を八つ裂きにすると聞いたんだけど……客席はここでよくて?」


 半透明の羽を見せるベルゼビュートが、にっこり微笑んだ。転移で現れた彼女の肌は赤く濡れており、自慢の巻き毛もピンク色より赤い部分が多い。


「みんな、派手ね」


 他人のことを言えない血塗れの姿で、精霊女王は嫣然と笑った。


「悲劇と名付けた喜劇をお見せしますよ」


 一礼したアスタロトが気取った仕草で指を鳴らす。大量の人々が集まる大聖堂の中は狭く、ひしめき合った人の波が揺らめいていた。恐れからか、そんな人々が唯一開けている空間がある。女神像の足元にある聖壇だった。供物を捧げ、女神の許しを請い、崇めるための壇上に聖巫女は放り出された。


 一度も傷つけられなかった彼女の肌も、服も、大量の宝飾品もそのままだ。驚いたように目を瞠る彼女の姿に、群衆の中から声が上がった。


「いたわ……何をしていたの! あなたは国の守り神でしょう!」


「夫を返して!」


「子供を、生き返らせて。奇跡の力を」


「女神の代わりに、魔族を退けてくれ」


 老若男女関係なく縋る手が伸ばされ、恐怖心を感じた聖巫女は叫んでいた。


「やめてっ! 出来るわけないでしょう!」


 その瞬間、場が凍り付いた。求めた最後の希望を切り捨てられた人々の顔から、表情や感情が削ぎ落される。能面のように反応が消えた人は、獣のような咆哮をあげた。


「ぐあぁああ! こいつは偽者だ!」


「何のための祈りだったのよぉ!!」


「寄付をもらったくせに、見捨てる気か!」


「この女は裏切り者よ」


「そうだわ。きっと魔族を引き入れたのはコイツよ」


 だって――この女だけ無傷だ!


 最後の言葉を放ったのは誰だったのか。魔力や魔術による誘導は必要ない。人族は己の愚かさによって、無実の聖巫女をつるし上げるのだから。誰でもいいから八つ当たりする対象が必要で、どんな理由でもいいから怒りや恨みを晴らす手段が欲しかった。


 彼らの思考を理解したアスタロトの仕掛けに、誰一人気づかない。踊り続ける傀儡くぐつは、聖巫女の裾を掴み引きずり下ろす。助けてくれる神官達はすでに肉塊と化し、彼女を擁護する数人は素手で叩き殺された。


 金糸で刺繍がされた白い装束を剥され、逃げ回る裸体の彼女から宝飾品が零れ落ちる。短剣で指を切られて指輪を奪われ、殴り折った腕から腕輪が外された。引きちぎられた首飾りが床に散らばり、耳や髪に絡めた宝石が踏まれて砕ける。


 殴られた肌は変色し、手足はあらぬ方向へ曲がった。頭皮を切り裂いて毛を抜き、鼻を削いで、耳を落とす。残酷な行為に酔った人々の中央で、崇められた女神の代理人は息絶えた。最後まで女神の助けはなく、己すら守れぬまま……国の護り手とうたわれた聖巫女は死体すら弄ばれる。


「さすがは残酷王のステージね。見事だわ」


 感心したベルゼビュートが漏らした不名誉とも思える綽名あだなに、アスタロトは肩を竦める。器用に太い梁に寝転んだルキフェルは、ベールに髪を梳かれながら黒い笑みを浮かべた。


「僕だと、こういう遊びは思いつかないな」


 直情的なドラゴン種は力でねじ伏せる傾向が強く、人間の貴族が使うような搦手は不得手だ。楽しむことはあっても、仕掛ける間に面倒になり壊してしまうことも多かった。


「謀略で敵に回したくない男です」


 ベールは苦笑いして、血が固まり始めたルキフェルの髪を水で清めていく。それぞれに観賞していた大公の魔力に、強い魔力が干渉する。転移する前の合図に、慌てて全員が居住まいを正した。


「我らが敬愛なる魔王陛下、御運びいただき歓喜に……」


「先ほど与えた聖巫女か。そなたらしい趣向だ」


 挨拶を遮ったルシファーの銀の瞳に嫌悪の色はなかった。首に手を回したリリスの目を隠さず、すべてを見せる覚悟を示す。赤い瞳で惨状を眺める幼女は、ふと頭上を見上げた。


 何もない天井の先、空の向こうを見つめるように空虚な色を浮かべたリリスの瞳が、ゆっくりと瞼に覆われる。


「もう、いっぱいになったよ」

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