魔王様、溺愛しすぎです!
549. 親子の再会と報復の狼煙
ほろりと涙を零したユルルングルの話を聞き終えたところに、ベルゼビュートが駆け込む。両手で3匹の子供達を抱いていた。
「ユルルングル、あなたの子よ」
微笑んだベルゼビュートの手からするすると伝い下りた小さな蛇は、傷だらけの親にすり寄る。絡みついて互いの無事を喜びあう親子の隣で、子狼が遠吠えをした。大きな魔力が駆け寄ってくる。馴染んだ気配はフェンリルのもので、子狼はセーレを呼んだらしい。
「息子よ! 無事か……っ!! 陛下、閣下……我が子は」
伏せて敬意を示しながらも視線を彷徨わせるセーレの鼻先に、子狼が飛びつく。きゃんきゃん騒ぎながら何かを訴える仕草に、セーレの身体から力が抜けた。ずっと探していたようで、彼の手足は泥で汚れている。
「ああ……ありがとうございます。感謝いたします」
子狼の首根っこを押さえて全身を舐めながら、セーレは喜びを全身で示した。過剰な可愛がりように、ヤンも同じだったと苦笑いするルシファーが、残された子に目を向ける。
「さて、ペガサスの親を探さねばならぬか」
ベルゼビュートの後ろに隠れるペガサスの子は、頭上に鼻先を向けて小さく数回鳴いた。こちらも親の迎えを呼んだとあれば、もう心配は要らないだろう。傷つけられて怯えから声も出なかった子供達の回復ぶりに目を細め、ルシファーは立ち上がった。
「パパ、まだおててが黒い」
「リリスがお呪いすれば治るよ」
抱き上げて右手を目の前に差し出す。両手をルシファーの右腕に乗せて、「痛いの、痛いの、飛んでけ! あっちまで」と新バージョンで唱えた。タイミングを合わせてルシファーが解毒と治癒を施す。白銀の魔力が散った後、リリスはにっこり笑った。
「綺麗になった」
「錯乱したとはいえ、我が君を傷つけるなど、本当にもうしわ……」
「良い。お前達が無事であった以上の喜びはない」
遮ったルシファーに申し訳なさそうに首を下げるも、ユルルングルはそれ以上の謝罪をやめた。求めれない言葉は邪魔になる。
無言で話を聞いていたアスタロトの赤い瞳が暗く淀む。冷たい言葉を吐き残酷な男のようだが、内面は優しく面倒見の良い男だ。己の身を守れない種族を傷つける人族への憎悪は計り知れなかった。魔族にとって弱者は守る対象でもあるのだから。
「ベルゼビュート、頼んでよいか?」
「ええ、もちろんですわ。すぐに追いかけますけれど」
アスタロトを止めても聞かない。ならばまだ冷静なベルゼビュートをこの場に残し、子供達と非力な幻獣の保護を頼むしかなかった。すぐに追いかけると告げるベルゼビュートも、人族への憎悪を募らせているだろう。
彼らの憎悪を宥める気はない。いい加減、人族も学ぶべき時期だった。弱肉強食のルールと、世界の理を――理解させたと思ったのに、2つの国を滅ぼしても人族は学ばない。愚か者にかける情けを、ルシファーはこれ以上持ち合わせなかった。
「当然だ、お前はオレの剣だからな」
主を追いかけるのは承知の上だ。そう許しを与え、転移魔法陣を足元に展開した。抱き上げたリリスと共に姿を消した魔王を見送ったアスタロトが、すぐに後を追いかける。意味深な笑みを残して。
「やだわ。珍しく陛下が攻撃的ね」
ベルゼビュートの呟きに、セーレもぺたんと座って子狼に足を齧られながら頷いた。平素温厚な魔王は、喜怒哀楽の「怒」が抜けているのでは? と噂される。他種族からの攻撃しかり、人族の暴挙しかり。彼の魔王が本気で怒ったのは片手で数えるほどだった。
今までの積み重ねに、魔王は決着をつけるのかも知れない。人族に対し、かなり苛烈な報復行動に出るだろう。魔王妃リリスが誘拐されたあの日のように……。
「あん、羨ましい~」
一緒に行きたかったとぼやいてしまう。冷静さを見込まれた立場が信頼の証だと知りつつ、感情を装ったアスタロトの狡さが羨ましい。かつて対峙した頃の魔王が見られるのなら、ベルゼビュートもすぐに駆け付けたかった。
「ベルゼビュート大公閣下、ペガサスの親が……」
ひらりと舞い降りたペガサスの白い背に大きな翼が畳まれる。頭を下げて足を折りたたんで伏せるペガサスは、助けられた我が子を叱るように甘噛みした。蹄に残る血の跡が、ペガサスも必死に我が子を探した事実を物語る。
「全員一緒で悪いけれど、城門前に一度避難してちょうだいね」
返事を待たずに3種族を魔王城へ転送した。城門前の鳳凰が事情を聞くだろうし、幸いにして幻獣霊王のベールやルキフェルも城に残っている。自由に動けるチャンスをふいにするほど、ベルゼビュートはお人よしではなかった。
「あなた様の剣がいま、向かいますわ」
物騒な響きを宿す呟きを森に残し、精霊女王は転移する。誰もいなくなった森はざわりと揺れ、少し先に残された人族の死体を吸収していく。生死は森にとっての日常、生まれて死ぬすべての種族は魔の森に飲まれる運命にあった。
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