魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

543. 崩れた偶像の代償は高く

「あの人が魔王城から出た途端に、質の悪い噂が蔓延まんえんするのは……なぜでしょうね」


 アスタロトの整った顔が、それはそれは残忍な色を浮かべる。表情だけ見れば微笑みなのだが、滲み出る感情が黒かった。執務机に肘をついたアスタロトの視線の先で、ベールとルキフェルが溜め息を吐く。


 混浴騒動も、その後の魔王妃(幼女)への無理やり疑惑といい、噂は足が早かった。2本ではなく10本ほど増やして疾走した感じだ。休暇を与えただけなのに、どうして行く先々で奇妙な噂を発生させるのか。出来るだけ穏便に休ませる方法はないか検討する大公達は、頭を抱えていた。


「そもそも、あの方に便という単語は似合いません」


 聞きようによっては失礼な発言だが、隣のルキフェルは「まあね」と同意した。過去の事件のあれこれを紐解けば、ルシファーの言動から生じた誤解が元であることが多々ある。主君として非常に有能な実力者だが、裏を返せば箱入りの世間知らずだった。


「ひとまず、今年の即位記念祭の準備を進めましょう」


 目先の仕事を片づけるのが先決と告げるベールへ、溜め息をついたアスタロトが歩み寄る。向かいのソファに腰掛け、足を組んだ。普段は見せない仕草に、側近としての苦悩が見て取れる。


「前回は、魔王妃リリス姫の立后がメインでした。今回も……やはりリリス姫中心ですか」


 頭が痛いと唸るアスタロトは、即位記念祭の準備書類を引き寄せた。参考として添えられた前回の資料には、豪華なリリスの衣装や宝飾品のリストが記載されている。今回も同様に予算を食いつぶすのか。予算の額が問題というより、毎回派手になるのは困るという懸念が浮かんだ。


 ルシファーのことだ、前回より豪華な衣装を作りたがる。今のリリスは3歳児ほど。前回は4歳だったので、すこし緩いが着られないこともない。多少の手直しでいけるが、あの魔王ルシファーが溺愛する幼女に前回と同じドレスを着せることはないだろう。


「他の部分は前回と同じでいいし、食材だけ少し変更しておくね」


 今まで食用ではなかったコカトリスが唐揚げ用に、オークは大量のベーコン用に追加された。ルキフェルが記憶する範囲で、ここまで大幅に食材や祭りの内容が変更されたことはない。リリスが好んで食べるという逸話は、最高のスパイスとして魔族に受け入れられた。


 急激にコカトリス肉の値段があがり、一時期は品薄で乱獲や密猟対策に魔王軍が駆り出されたほどである。この10年でリリスの人気は高まる一方だった。本人が知らない場所で、リリスはすでに魔王妃として認められている。


 彼女が好むもの、興味をもつものは流行という経済活動をもたらした。床に敷きつめる絨毯のお陰で、室内で靴を脱ぐ習慣が一部の種族に流行し、床を掃除して座る文化を取り入れた一族もいる。彼女が身につけたお飾りのモチーフや、ドレスの生地は客が殺到した。


 今回も注目の的になるのは間違いないお姫様だが、彼女は自分が周囲にどう見られるか無頓着だ。ドレスやお飾りは専門の種族に任せるとして……最大の問題が残っていた。


「問題はあの姿です」


 魔王を命がけで守った話は尾ひれ背びれがついて、吟遊詩人が歌い、絵本や戯曲として魔族中に知れ渡っている。少女姿だったリリスが全魔力を使い果たし、赤子に戻ったエピソードは有名だった。


「赤子に戻って1年で3歳児になるのは、どうなんでしょう」


「偽物疑惑ですか? ですが陛下が別人を連れ歩くはずはないと、民も理解していますから」


「僕は民より、便乗して煽る貴族が出る方が心配」


 それぞれに吐き出した懸念は、ほぼ同じ内容だった。リリスが捨て子で、人族と魔族の特徴を持つことは知られている。片親の種族は不明だが、まだ名乗り出ないならば死亡した確率が高い。


 人族の血を引く子の成長速度は、人族と変わらない。成人するまで順当に大きくなり、成人後は魔族側の血によって寿命が左右された。しかし親の種族がわからないリリスの成長度合いが不安定で、見た目の変化に理由が必要だった。


 少なくとも、一部の野心家達を納得させるだけの説明がいる。


 魔王の治世は8万年近くに及び、ルシファーは1人も妃を娶らなかった。孤高の存在として祭り上げた側近の手腕もあり、神格化することで貴族や野心家の欲は押さえられてきたのだ。しかし突然拾い子を魔王妃とする宣言を行ったため、他者に興味がない孤高の魔王という偶像は崩れ去った。


「何とかしないと……また城門前の押し掛け騒動が再発します」


 リリスに「ママは要らない」と言わせたあの騒動に類似した事件が起きれば、今度こそ魔王をやめると言いかねない。それは魔族にとって大きすぎる損失だった。


「何とかしないと」


 呟いたアスタロトの声が、室内の重い空気を裂くように響いた。

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