魔王様、溺愛しすぎです!
542. ぐずるお姫様は噂の宝庫
「パパ、すごい綺麗よ!」
「本当だ。リリスは綺麗だな、可愛い」
寝転がったまま、黒髪に赤や黄色の花びらを乗せた幼女を腹部に乗せる。はしゃいだリリスが身を揺すると、ベッドが乾いた音を立てた。干し草のかさかさ揺れる音に、リリスは大喜びだ。
「パパ、本読んで」
「わかった。干し草のベッドが出てくる話にしようか」
「うん!」
本を取り出し、しがみついたリリスの髪を撫でながら読み聞かせる。短い童話を読み終えると、最強の純白魔王に馬乗りになった幼女は、はふんと欠伸をした。手で口を押えたが、小さく声が零れる。
「眠いのか?」
「ううん」
返事は立派だが、まったく信ぴょう性がない。グラグラと上で眠りの船を漕ぐ幼女は、最終的にぱたんと倒れ込んできた。動かそうとするとしがみ付くため、諦めてそのまま眠らせる。上に乗っていても大した重さではない。可愛い愛娘を乗せたルシファーは目を閉じた。
周囲にエルフ達の魔力が点在しており、普段と違う環境に眠りはなかなか訪れず……ルシファーは諦めてリリスの寝顔を眺めて夜明けを迎えた。
「陛下の目元、少し隈があるでしょう?」
「やっぱり、そうだったのかしら」
「意外よね~。もっと草食系だと思ってたわ」
「でも幼女よ? どこまで悪戯……」
「ほら! 噂は後回しよ! 朝食の支度を手伝ってちょうだい」
オレリアに追い払われた若いエルフ達が、慌てて食材を取りに森へ散る。朝摘みの果物やサラダ、多少のナッツ類に川魚のソテー。用意する食材はシンプルだ。森の番人であり狩人である妖精族にとって、保存食は最後の手段だった。スープはお昼と夜のみ。数万年をまったく変わらぬスタイルで生きてきた。
用意した朝食を確認し、騒がしい若い子を遠ざけたオレリアが呼びに行くと、そこでは噂の人物が憂いのある表情で美しい顔を曇らせている。これは噂になるわけだと溜め息をついたオレリアが声をかける。
「陛下、朝食ができましたわ」
「ああ、今行く」
ようやく目覚めたお姫様の身支度を終えたルシファーは、困惑していた。ぐずるリリスの機嫌が直らないのだ。何が気に入らないのかと尋ねても首を横に振るだけ。半泣きのぐずぐずした顔を黒いローブに押し付けて、なかなか顔を見せてくれない。
「リリス、オレリアに挨拶しようか」
他者に気を向けようと促しても、いやいやと首を横に振る。原因が分からないので、ルシファーもお手上げだった。滅多に見せない姿も可愛いと割り切って、抱いて階下に降りる。なぜか集中する視線だが、ルシファーは注目されることに慣れていた。
いつものことと気にせず、いやいやを続けるリリスに根気よく食事を摂らせる。手ずからサラダや果物を口に運び、リリスの表情を窺いながら飲み物を差し出した。鼻を啜る姿は具合が悪そうだが、熱もないし本人が否定する。治癒魔法を試しても反応がなかったので、ただ機嫌が悪いだけなのだろう。
大きな街から離れた集落は、娯楽が少ない。彼女達が噂していたのは、昨夜の魔王と魔王妃の過ごし方だった。ベッドに散らされた花びら、寝ていない様子の魔王、ぐずる幼女、そして……昨夜のぎしぎしときしむ音やかすかに漏れ聞こえた声。総合すれば誤解しか生まれなかった。
あんな幼い子を無理やり? でも合意なのかしら。姫はぐずってるわよ? そんな妄想が頭の中を占める若いエルフ達の視線は、ちらちらとルシファーへ向かう。盛大な誤解を解くため、オレリアはあえて近づいて話しかけた。
「陛下、昨夜は眠れませんでしたか?」
「眠りのハーブを混ぜてくれたのに悪いが、ずっとリリスの寝顔を見ていた」
絶世の美貌が浮かべる幸せそうな笑みが直撃し、数人が意識を失って倒れる。オレリアは背後の騒動を無視して、穏やかに話を続けた。
「リリス様はお可愛らしいですもの、わかりますわ。姫はすぐに眠られました?」
「リリスが好きな絵本を読んでやったら興奮していたが、疲れからかすぐに寝たぞ。昨日の昼寝が短かったのと、普段と違う環境でぐずったらしい。気を使わせて悪いな」
幼い頃から見慣れたオレリアでもくらりとくる美貌を蕩けさせ、惚気るルシファーはリリスの黒髪に接吻けた。ぷいっと横を向くリリスだが、本当に嫌なら下りると騒いでいる。強く握ったローブを離さないあたりが、彼女の本音だろう。
「はぁ……可愛い」
呟いて抱き締め、思いがけない場所で知った『長期休暇』の過ごし方を思い、頬を緩めた。
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