魔王様、溺愛しすぎです!
540. 露天風呂の侵入者
空間湾曲や距離短縮系の魔法が使えるので、それを応用して厨房から取り寄せればいいと気づくのは、呆れ顔のアスタロトに指摘される数ヶ月後だった。タオルを取り寄せるのも、ドレッシングを取るのも同じなのだから。
お腹いっぱい満足するまで唐揚げを食べたリリスは、頬を両手で包んで幸せそうだ。
「ご飯も食べたし、さっきの雷をもう一度見せてくれるか」
「えーとね、何に刺すの?」
獲物がいないと難しいと告げる幼女に、それもそうだと納得する。何もない空間を攻撃するのは、まだ幼いリリスにとってハードルが高い。イメージ重視の魔法しか使えないことに思い至り、ルシファーは妥協した。
「なら、次の狩りの時に見せてくれ。今じゃなくていいぞ」
「うん」
雷を使うときはルシファーの許可が必要。そのルールを守っているリリスにしたら、使用許可が出る状況は気分がいい。お昼寝して、午後は狩りをした。夕食の唐揚げも食べ、あとはお風呂に入って眠るだけである。
「パパ、今日はどこで寝るの?」
「ぜひ泊まってくださいませ。ふわふわの干し草のベッドを用意させますわ」
読み聞かせに使った童話に出た干し草のベッドで寝たいと、リリスが希望したことを覚えていたのだろう。次に泊まりに来た時に用意するとオレリアは約束していた。
「干し草! やったぁ!!」
「よかったな」
黒髪にキスを落として、ルシファーは少し考え込んだ。リリスは薔薇のお風呂が好きだ。エルフならば薔薇は調達してくるだろうが、彼女らに湯船に浸かる習慣はなかった。水や風の魔法を得意とするエルフ系は、朝や昼間に水浴びをする。つまり、この集落に風呂は存在しない。
「部屋の準備を頼む。少し出かけてくる」
笑顔でそう言い残し、ルシファーは地図を取り出した。以前に鳳凰アラエルがピヨを放り込んだ火口近くに、温泉街がある。そこならば事前準備なしでも入浴可能だった。
「連絡しなくてもいいか」
温泉街を領地とする管理は、神龍族の中でも赤い鱗を持つ炎龍の子爵家だったか。すぐ近くに魔王直轄領もある。以前に竜族に褒美として与えようとしたら、神龍族が大反対して騒ぎになった。そのため魔王直轄領としてベールが管理している。
足元に魔法陣を描いて、すぐに転移した。直轄領にある屋敷は平屋造りで、湧き出る温泉を引き込む露天風呂もある。ここ20年ほど寄らなかったが、お気に入りの屋敷のひとつだった。
玄関ではなく、露天風呂へ続く部屋に転移する。手早く灯りを灯せば、リリスが目を輝かせた。
「ここ、初めてのお部屋だ」
「今日は庭のお風呂に入るぞ。ほら、万歳して」
自分の屋敷の風呂ならば、薔薇を散らかしても叱られることはない。リリスが大好きな薔薇を2色用意した。赤と黄色である。昨日の夜はピンクだったので、違う色を選んだ。
小さな籠を用意して、中に薔薇を入れる。服を脱いだリリスが、外へ続く扉に気付いて開けた。少し涼しい風が吹いて、リリスは肩甲骨付近まで伸びた髪を揺らして駆け出す。
「ゆっくり歩かないと転んじゃうぞ」
注意したルシファーだが、リリスにしっかり結界を張っているため、さほど心配はしていない。転んだとしても、頭を打つ事態にはならないはずだ。タオルを用意して追いかけると、リリスが駆け戻ってきた。
「どうした?」
「誰かいるよ」
首をかしげて抱っこを強請るリリスを抱き上げ、薔薇の籠を持たせる。とりあえずお嫁さんの裸体をタオルで包み、自らも黒いローブを羽織った。
湯煙が立ち昇る掛け流しの露天風呂には、確かに先客がいる。影になった姿は人型のようだが……?
「誰だ」
端的な問いかけに、慌てた様子で振り返る人影。やや冷たい風が吹いて、湯気で曇った視界を晴らした。
目があった瞬間、相手の口から悲鳴が漏れた。
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