魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

538. 姉の恋心と弟の成長

 オレリアに詳細を聞いたところ、どうやら彼女に惚れた男がいるらしい。ハイエルフ直系の血を引くため、別種族との間に子が出来る可能性は低く、親族は婚姻に難色を示した。大好きな姉を誰かに奪われると勘違いした弟は、常々尊敬の念を向けられる魔王が相手と思い込んだのだ。


「ごめんなさい」


 勘違いを素直に謝った少年は、申し訳なさそうにリリスにも頭を下げた。昼寝を邪魔されたリリスは起きてからも不機嫌で、指を咥えたまま唇を尖らせている。がりがりと爪を噛む音が響くので、何度かやめさせようとしたルシファーが噛まれていた。


「今回はオレだけだから見逃してやれるが、次はないぞ。剣先や魔法を向けるということは、殺される覚悟が必要だ。よく考えろ」


 言い聞かせて少年の頭を撫でる。誤解と偶然が生んだ騒動だが、今後の彼の成長の糧になれば無駄ではなかった。ルシファーは「これはオレの勝手な言い分だが」と私的な見解である前置きをして、長老に向き直った。


「オレリアが望んだ相手ならば、祝福してやれないのか。弟がいるならば直系の血は守られるのであろう? 皆で反対する理由がないのでは……」


「相手がよくありません」


 きっぱり言い切られた。ハイエルフから見て相手が悪いというと、種族が限られる……まさか? 


「魔獣、か?」


「陛下」


 オレリアの冷めた眼差しに、今度は違う種族を思い浮かべた。ハイエルフもそうだが、向こうも外見は整っている。もし子供が生まれたら、さぞ美形になるだろう。問題は子供が天文学的な確率でしか生まれないことだが……まあ、当人同士が愛し合っていれば養子を取る方法もある。


「構わないではないか。吸血種であろう?」


 今度こそ当たった。頬を染めて両手で顔を隠すオレリアは、エルフ特有の長い耳まで真っ赤だ。相当惚れているらしい。


 がりっ。明かに違う音がして、リリスがずずっと鼻をすする。指先に治癒魔法陣を呼び出し、そっとリリスの口元へ運んだ。


「指を出してごらん」


「やぁだ」


 拗ねているので天邪鬼な言動が目立つが、指が赤くなって血に濡れていた。痛そうだと眉尻を下げて、頼んでみる。


「オレが痛いから手を出して」


「……やだもん」


 まだ抵抗される。相当ご機嫌斜めだった。こういう時の子供は正反対の行動を取りたがるものだ。ならば、ルシファーの次の台詞は決まった。


「痛いが我慢するか」


「んっ」


 溜め息をついてちらりと視線を向けると、悔しそうにしながら手を出した。噛んだ勢いで爪が割れている。縦に傷が入った爪が血に濡れて、よく強情を張るものだと呆れた。


「痛いの、飛んでけ」


 リリスがお気に入りのお呪いを口にして、魔法陣を指先に展開する。発動した魔法で傷が塞がり、痛みが消えた。ぱちくりと目を瞬き、大きな瞳がこぼれそうなほど見開かれる。


「消えた!」


「リリスが優しくて、可愛くて、いい子だからだな。どうしたらご機嫌を直してくれる? オレの大切なお姫様」


 首をかしげて待つと、リリスは少し考え込んだ。許すための条件を探しているのだ。急かさないルシファーへ、幼女は笑顔で強請った。


「唐揚げ!」


「柚子のドレッシングをかけようか」


「うん」


 勢い良く頷いたリリスは、ようやく笑顔を振りまき始めた。昼寝から覚めて時間が経ったこともあり、もうごねる心配はなさそうだ。


「夕飯に用意してもらおうな。オレリア、この辺りにコカトリスは出るか?」


 狩りに行くと伝えれば、森の狩人であるエルフ達は獲物の情報を提供してくれた。少し先の川沿いに、ときどき群れが舞い降りるという。水浴びをして休憩するようだ。


「陛下、狩りのお手伝いを……」


「いや、調理を任せる。獲物はオレとリリスで捕まえてくる」


 気負う様子なく移動する魔王を見送り、オレリアの弟は疑問を口にした。


「黒髪のお子が、魔王妃様なのですよね? なぜ危険な場所にお連れするのですか」


「それぐらい好きなのよ。いっときも離れていたくないの。あなたもあと50年くらいしたらわかるわ」


 大人になったらね。そんなニュアンスで呟く姉の隣で、弟は複雑な気持ちで俯いた。大好きな姉の気持ちを理解したい反面、姉を奪われるなら理解したくない。大人になるということを、少年は初めて怖いと思った。

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